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「気をつけろ、郵便屋。俺様の顔に傷が付いたら、いったい何人の女が泣くと思ってるんだ」
トニオはピートに悪態をつきながら、えんじ色のベストのポケットから鏡を取り出し、様々な角度から自分の顔を写し見ています。
「ぶつかったのがあんたで良かったよ。頭はともかく、体は丈夫そうだ」
トニオの様子に、ピートは少しでも心配したことを後悔しながら、膝を払って立ち上がります。
「ふん、目のないサイコロにはトニオ様の魅力は理解できないらしい。こんな夜更けまで仕事か、ご苦労なこった。俺の田舎じゃ、こんな時間まで仕事してるやつは変人扱いされるぜ」
トニオはまだ鏡で自分の顔を写して、髪を撫でつけたり、顎に手を当ててみたり、様々に表情を変えては、その度に自分の顔に見とれています。ピートが何か文句を言ってやろうと口を開けた時、トニオが飛び出してきた路地の先に二つの影が現れ、ピート達の方を指差して叫びます。
「いたぞ、こっちだ」
「捕まえろ」
「おっと、遊んでる場合じゃなかったぜ」
トニオは慌てて飛び上がると、二つの影から逃げるように走り出しますが、すぐに逃げる先の暗がりから大きな影が現れ、両手を広げて行く手を塞ぎます。
怪物のような大きな影は、トニオを追い詰めるようにじわりじわりと迫ってきます。その迫力に後ずさりするしかないトニオは、ちょうど街灯の下で後ろから来た連中にも追いつかれてしまいます。
トニオを真ん中に挟んで、三つの影が黄色い光の円の中に現れます。前方の大男は長身のトニオよりもさらに頭一つ大きく、筋肉でパンパンに膨らませた服から表情の読めない彫りの深い顔を突き出してます。後ろから来た二人の片方は、逆にピートの胸よりも低い小男で、隣にいる不健康なまでに痩せた男の後ろについて回るような動きをしています。男たちは皆、一様に真っ黒いスーツを着て、お世話にも人相が良いとはいえない顔に下品な笑みを浮かべています。
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