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祭りのような喧騒の広場を離れ、アーチ状になっている建物をくぐり、両脇に住宅が建ち並ぶ細い路地を進んで行くと、大きなナラの木が一本植えてある小さな公園にあたります。
四方を建物に囲まれ中庭のようになっている公園には、ゆったりとした午後の日差しが降り注いで、まるでこの場所だけ時間が止まっているかのような静けさに満ちています。
噴水広場からピートの頭の中に鳴り響いていた雑音も、波が引くように消えていき、熱の冷めた耳に微かな旋律だけが残ります。残響と間違う程にか細いその旋律は、歩みを進める毎に鮮明になり、公園を渡りきる頃には歌声に変わります。
ピートの目に年期の入った木製の釣り看板が映ります。看板には古い書体でフローリスト・ベルと書かれています。
釣り看板の下がっている軒から緑と白のストライプのシェードが伸びており、シェードの下には赤、黄、水色の花達が白磁の鉢や藤籠に添えられて、白木の棚に整然と並べられています。花棚の前には、薄いピンク色のつばの広い帽子を被った女性が、真白いワンピースから伸びた細い手をジョウロに添え、澄まして並ぶ花達にひとつひとつ丁寧に水を差して回っています。
その女性が鉢の前をひとつ動く度に長丈のスカートが午後の日差しで白く光り、生気に満たされた花達は葉の上に残る水玉を輝かせて見せます。
ピートが辿ってきた旋律は、薄く開かれた彼女の形の良い唇から漏れているものでした。
午後の光、陽の暖かさ、花の香り、歌声。
もし、この世界に調和と呼ぶものがあるとするなら、ピートは今それを目にしています。ピートは掛けようとした言葉が喉のところでソーダ水の泡のように消えていくのを感じました。
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