ベルの頼み事

1/10
前へ
/202ページ
次へ

ベルの頼み事

いつもと同じように昇る太陽が、いつもと同じ順番で家々の窓を叩いて、街の住人達を起こして回ります。いつもと同じ時間に仕事の支度を終えたピートは、窓辺のスパティフィラムに別れの挨拶をして玄関のドアを開けます。 細い廊下に出ると、昨日よりも大きい雷鳴のようないびきの音が、階下からアパート中に響き渡っています。轟音に両耳を塞ぎながら踊り場を回ったところで、ピートの足が止まります。 なんと、三階の廊下では昨晩の乱痴気騒ぎの客達が、階段や廊下の手すりにもたれ掛かって大いびきをかいているのです。ピートは呆れ果てた顔で、それでも寝ている人達を起こさないように足の置き場に気をつけながら、そっと三階の廊下を抜けていきます。 アパートの玄関を出たピートは、あまりの光景に目を見開いてしまいます。 椅子、枕、鞄、スリッパ、電気スタンドにハンガーラック、靴なら男女合わせて十足以上、ありとあらゆる物がアパートの前の坂道に転がっているのです。玄関脇のピートの自転車にも、カーテンのような布が引っ掛かっています。 〝一体、どれだけ飲んだらこんなにめちゃくちゃになるんだ″ ピートは深いため息をついてから自転車に掛かる布を引っ張りますが、その布が女性のスカートだということに気づいて、赤面しながら慌てて手を離します。周りを見渡して誰もいないことを確認したピートは、もう一度ため息をつくと、散乱した家具を避けながら自転車を押して坂道を下って行きました。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加