ベルの頼み事

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「こらぁ、お前ら、もっときびきび動かんか」 赤い煉瓦造りの郵便局の倉庫には、今日も局長の太い声が響いています。その周りでは、局員達が荷物の山の間を蜜を運ぶハチのように慌ただしく動き回っています。 「ピート、お前の担当は昨日と同じ1から6区だ。荷物は昨日の倍はあるからな。しっかり今日のうちに片付けろよ」 ピートは荷物の宛先を確認しつつ、頭の地図に入っている路地や脇道、地図にない抜け道を使って、最短のルートを組み立てていきます。頭の中の道順が噴水広場まで来たところで、急にトニオとかいう楽師の顔が浮かんできます。 「あいつの顔を見なけりゃいけないのか」 自転車と荷物の山の間を往復しながら、ピートは渋い顔で悪態をつきます。 「あんなやつに誰が惚れるってんだ。あいつに恋文なんて来るものか」 ふと荷物を抱えたピートの視線が、倉庫の一番奥の壁に備えられた棚に止まります。ピートは急に何かを思いついたように、手にした荷物を下ろして奥の壁へと近づき、壁一面にある棚の引き出しの一つを開けます。両手で引かなければ開かない程重い引き出しには、たくさんの郵便物がぎっしり詰まっています。 ピートは引き出しの中の大量の郵便物を、手品師がトランプを扱うように慣れた手つきで選別し、その中からいくつかの封筒を選び出します。そして、ニヤリと一つ笑みを浮かべると、封筒を鞄にしまいこんで何事もなかったかのように作業に戻ります。 「さぁ、さぁ、荷物が来るぞ。クビになりたくなけりゃどんどん運べ」 局長の大声を背中に受けながら、局員達は担当の地区に向けて一斉に飛び出していきます。
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