冬の彦星

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「ただいまー」  この寒さのせいだろう。  赤くなった小さな鼻。  切れ長の瞳は薄らと潤んでいた。  腰まである黒髪を一つに結び紺色のスーツに身を纏った彼女を、本当は今すぐにでもこの腕で強く抱きしめたかった。  だけど、その衝動を笑顔の裏に無理やり押し込める。  そんな僕の気持ちも知らずに彼女は「ふぅー」と、大きく息を吐き出しながらソファーの上に倒れこむ。  しかしすぐにガバッと顔を上げると、まるでウサギのように小さな鼻をヒクヒクと動かした。 「この匂い!」 「今日はちゃんこ風塩鍋だよ」 「やったー!」  と、飛び起きながらソファーの背もたれにスーツのジャケットを投げ捨てると、彼女はキッチンのシンクで手を洗う。  その背中をそっと見つめながら、僕はダイニングテーブルの椅子にそっと腰を下ろした。  ……いつからだっただろうか。  こうして彼女の帰りが、僕よりも遅くなったのは。
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