冬の彦星

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 だけど、少しでも“あの日”と異なる言動をしてしまったら“この瞬間”が消えてしまうかもしれない。  もしくは、もう二度と彼女と会えなくなるかもしれないから。 「仕事はどうだった?」  と、僕は手元に置いてある缶ビールのプルタブをあけながら、あの日と同じ質問をする。 「今日もね、先輩に叱られちゃって。結果、残業になっちゃった」  と、彼女もまたあの日と同じように肩を竦めながら、僕から缶ビールを受け取る。  “__同じ”  それでもいいんだ。  __だって、この時間が何よりも愛しいから。 「何かミスったの?」 「……ちょっとね」  そう言いながら、左手の人差し指で頬をポリポリと掻いていた彼女が、突然左手を後ろに隠す。  そんな彼女に、僕が優しい言葉をかけてあげられたら。  “__もういいよ”  と、言ってあげられたら。
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