クレイジールミ

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縄文時代とかマヤ文明とか、そんな過去の話はもうどうでもいい。僕にとって必要なのは未来だ。これから先の身の振り方だ。どうせならIT関係をやってみようか。両親もマヤ文明よりいいと喜ぶだろう。それとも僕のことなんて今さら興味がないか。グアテマラにいた三年間、両親に電話したのは二回だけだった。 「大学はいつから?」 縄文時代の話をしていたルミが、急に僕に話をふってきた。 「もう大学には戻らないよ」 「えー、なんで?マヤ文明は?」 「……」 「じゃあわたしと一緒に縄文時代やろうよ」 「やだよ」 僕はそばにあった女物の草履に足先を突っ込むと、半爪先立ちのような歩き方で、ハーレーに近寄った。 「ねえ、今度これ運転させて」 「だめ」 「ケチ」 「わたしと一緒に縄文やるんだったらいいよ」 「じゃあ、いいや」 僕はスイカの種をつついているニワトリを捕まえようと手を伸ばした。 「あっ!」 鋭い一撃を食らう。赤いトサカを震わせ突進してくるニワトリの顔が般若のように見える。 「ニワトリって結構凶暴だから近づかないほうがいいって、言おうと思ったんだけど」 「それ早く言ってよ」 僕は血が出た指先を舐めた。 その晩ルミは、『縄文時代の食事を再現したもの』という夕食を出してきた。ナントカ雑炊は土器に入っていて、全然食欲をそそらなかった。不揃いの縄文クッキーなるものも、微妙な味だった。グアテマラの『Fuji』の方がましだ。 「いつもこんなん食べてんの?」 「ううん、今日は特別」 「最悪」 ルミはガハハと笑うと炊事場に消えた。しばらくしてお湯を入れたカップ麺を持って戻って来た。 醤油とんこつ味のカップ麺をすする。 保存料がなんだとか、発がん性物質がどうだとか、いろいろ言う人たちもいるが、ルミの作った縄文食の後に食べるカップ麺は美味しく、それは文明の味がした。 ルミは僕の部屋の真ん中に布団を敷くと、蚊帳を張ってくれた。 僕は火の灯った蚊取り線香を先端から数センチのところで折り布団に横になった。こんな風にちゃんと寝るのは、何十時間ぶりだろう。 目を閉じた。 すると目の前にグアテマラの僕のアパートの天井が広がった。三年間見続けた、雲形の茶色い雨漏りのシミ。 目を開けた。 蝶のような美しい羽の蛾が数匹、蚊帳の周りをはためいている。庭からは夜なのに一匹の蝉がまだ鳴いていた。 日本に帰ってきたんだ……。 再び僕は実感した。深く深呼吸をし、ゆっくりと目を閉じる。 これからやらなければいけないことがたくさんある。でも、しばらくここでのんびりするのも悪くない。日本社会に慣れるリハビリだと思ってさ……。  それから僕はあっという間に眠りへと落ちていった。
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