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前に一度おばさんのクッキー作りを手伝ったことがある。
栗とどんぐりの粉に、山芋、蜂蜜、そして鳥の卵を合わせる。ずっと練っているとねばりが出てくるので、それを一口大の大きさに丸めて、焼いた石の上で焼く。
「この卵、味の決め手」
ミトおばさんはクッキー作りの名人でもあったが、鳥の卵を見つける名人でもあった。
時々ミトおばさんの家から雑炊をもらうこともあったが、イヒカの家で食べる雑炊より数倍美味しく感じられた。
「もう一つ食べるか?」
イヒカは頷き手を伸ばす。
近くにいたイトの女たちがイヒカを見てくすりと笑った。
年の頃はイヒカと同じに見えた。顔に施された刺青と右眉上の赤い線。
イトの女たちが顔を寄せ合い、低い声で囁いた。
「男?女?どっち?」
イヒカに聞こえないように囁いたつもりでも、イヒカにはしっかりと聞こえた。
イヒカは彼女らの視線を背中に感じながらその場を離れた。
儀式が終わったらイシタマカミで待ち合わせしようとタケリに言われていた。
炎で照らされていたトゥーンから離れると辺りがだんだん暗くなっていく。月明かりを頼りにイヒカは広いタマの道を歩いた。道に沿って両脇には大人たちの墓が並んでいる。誰かがタマになると道がまた少し長くなる。イヒカの両親の墓もこのタマの道に沿って並んでいた。
しばらく歩くと大きな石を円に描くように二重に並べ、その中央に細長い石を突き立て作られたイシタマカミが見えた。タケリはまだ来ていない。
イシタマカミはタマが次に再生するまでに邪悪な精霊に取り憑かれないよう守っている。
新しい墓ができると、このイシタマカミで儀式を行う。ここでもまた土偶を叩き割り、タマの再生を祈る。
このイシタマカミの中に邪悪な精霊は決して入ることはできない。ここは特別な力を持つ空間なのだ。この円の中に入るといつもイヒカの手の内側が痺れる。イヒカは両手を擦り合わせた。
しばらく待ってもタケリは姿を見せない。
浜でいいものを見せてあげるからと、タケリが誘ってきたのにどうしてしまったのだろう。もしかしてもう先に行ってしまったのだろうか。
足元でうるさいくらいに虫たちが鳴いている。空には星が煌き、イヒカの額と同じ形の月が浮かんでいる。
「ツマリマス ツキカミヨ」
イヒカは祈りの言葉を口にした。
とりあえず浜に行ってみよう。この先の小高い丘から行けば近道だ。イヒカはイシタマカミをあとにした。
潮の香りが微かにイヒカの鼻先をかすめる。
丘の上に人影が見えた。
タケリかと思ったがそうではなかった。
昼間の男だ。あの時、男は丘の上にイヒカを引き上げると、そのまま立ち去ってしまった。
イヒカが近づくと男は振り返った。
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