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やはり土製の仮面を被っている。
「マンザーナ」
「ここで何をしてる?あんたイトから来たのか?」
「……。マンザーナを探しているんだ」
「マンザーナ?」
「それがよく僕にも分からない」
変な男だ。
「どうして仮面を被ってる?」
サンナイでは祭り事の時だけで、普段仮面をかぶることはない。男のつけている仮面は目と口が丸くくり抜かれ、大きな口は何かを叫んでいるようで、少し不気味だった。
男の着ている服も妙だった。カラムシの繊維から作られているのは同じだったが、ごわごわしていて、赤と黒で幼稚な模様の刺繍が施されている。それも普段は女たちが着る裾の長い服で、と言ってもさっきスーが着ていたものとは大違いで、長身の男がそれを着るとなんとも奇妙だった。
服の下に伸びる男の足にイヒカは目を引いた。この前は気づかなかったが、男の足は女のように白く体毛が薄かった。腕も同じだ。そして女のように細い。イヒカを引き上げた男の手は女よりも柔らかかった。
男の背後が青く光った。
「わっ!」
イヒカは思わず声を上げる。
光ったのは海だった。イヒカは丘の先に駆け寄った。キラキラと海が青く光っている。
「キレイ!」
こんな海を見るのは初めてだった。夏になると夜、黄緑色に光る羽虫が飛び回るが、無数の羽虫が海の中を泳いでいるように見えた。
「夜光虫だ」
イヒカの隣で男が呟いた。
「夜光虫?」
「海洋性プランクトンだよ」
「かいようせい……ぷら?」
「体内の発光酵素が刺激に反応して光る、蛍と一緒」
イヒカには男の言っていることがよく理解できなかったが、羽虫と一緒のようなものだということは分かった。
「海の羽虫だ」
今晩、タケリがイヒカに見せたかったものはこれかも知れない。そういえばタケリはどこへ行ってしまったのだろう。探さなければ。
「わたしそろそろ行く」
イヒカはその場を立ち去ろうとして、男を振り返った。
「わたしの名前はイヒカ、あんたは?」
「……」
男がなにも答えないのでイヒカはそのまま丘を降りた。浜から丘の上を見上げると男はまだそこに立っていた。
変な男だ。
目の前に広がる青い海にイヒカは我慢できずに足をつけた。すると足の周りがぱっと青く光る。海の中にずんずん入る。周りが光る。夢中になって青い光と戯れた。
「イヒカ」
浜にタケリが立っていて、青いしぶきを上げながら海へ入ってきた。
「ごめんイヒカ、イシタマカミにいなかった。だからここと思った。儀式のあとちょっと……」
「美味しいもの食べてたのか?」
「違うよ」
タケリは言葉を濁した。
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