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舜
飛行機が地上に着陸した振動で目を覚ました。機内に今日の成田の天気と気温を伝えるアナウンスが流れる。
日本に着いたのか。
ぼんやりした頭で思った。感動はなかった。
長い夢を見ていたような気がする。夢の内容は全く思い出せないが、何かとても美しい夢だったような。
窓のシェードを上げ、外を覗こうとして驚いた。
窓に映った僕の顔は泣いていた。
誰に見られているわけでもないが、僕は急いで涙を拭った。
飛行機がターミナルに着いた頃には、僕は夢を見ていたことも泣いていたことも忘れてしまった。
グアテマラからの長いフライトで体が痛み「やれやれ」そんな言葉が口をついて出た。
入国審査で少し怪訝な顔をされ、手荷物だけの僕はそのまま税関に進み、そこでも少し怪訝な顔をされるが、何も質問されることなく、すんなりと外へ出る。
出迎えの人々の顔がずらりと並び、出てくる人たちをじっと見ている。まるで動物園の檻に入れられたサルになったような気分になる。
人だかりの向こうに、『カレー、おでん、ラーメン』と書かれた飲食店のメニューが目に飛び込んできた。三年間のグアテマ生活で一度も日本を恋しいとは思わなかった。日本食を除いては。
僕は店に飛び込むと、カレーとラーメンを注文し、飲み込むように食べた。
グアテマラに『Fuji』という日本食の店があった。中国人経営のその店は、日本食のような中華料理のような変な料理を出していた。味は中華料理寄りで、そして驚くほど値段が高かった。
それでも教授らはたまに『Fuji』で食事をしていたが、学生の僕にそんな金はなかった。
帰国前夜、僕は恩田教授と二人『Fuji』にいた。恩田教授は芳りのとんだ日本酒をすするように静かに飲んでいた。
僕たちは終始無言だった。
『悪いな……』
その夜恩田教授が言った言葉はそれだけだった。
『大丈夫です』
僕が吐いた言葉もそれだけだった。
高校の時、気の合う仲間とバンドもどきを始めた。髪をピンク色に染めた時、両親は完全に僕から弟にシフトした。それでも大学だけは行けと言われた。
なんとなく受けた大学、なんとなく選んだ学部、なんとなくの果てに、僕はグアテマラでマヤ文明の研究をなんとなくしていた。
医学部でなければどこでもよかった。
だから僕にはなんの未練もない。ただこの先どうするのかを考えるのが面倒なだけだ。本当だったら後三年は先延ばしにできたこれからのことを、今から考えなければいけないのだから。
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