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クレイジールミ
実は両親には僕が日本に帰国することを言ってない。二人は僕がまだグアテマラにいると思っている。
僕が今の大学に残るのは難しいだろう。両親に他の大学を受験しろと言われそうで気が重い。
カレーとラーメンの皿を返却口に返すと、僕は唯一の手荷物であるリュックを背負った。
目指すは東京駅。
成田空港から一度も外に出ることなく東京駅に到着すると、僕は青森行きの切符を買い、はやぶさに乗り込んだ。さっきカレーとラーメンを食べたばかりなのに、ホームでいかめし弁当を買った。
青森まで三時間。いかめし弁当を平らげ、窓の外を眺めていると睡魔が襲ってきた。飛行機の中で散々寝たはずなのに、グアテマラとは違う日本の空気のせいだろうか?水分を含んだ日本の空気は重い。
閉じかけるまぶたの隙間から、青々とした田んぼが見えた。
午後三時五分。新青森駅に到着した。
バッテリーの残量がギリギリのスマホでクレイジールミに電話をかける。数回の呼び出し音の後にルミが出た。
『はい?』
「もしもし?僕、舜だけど、今着いた」
『着いたってどこに?成田?』
「ううん、新青森駅」
『えー!もうそこまで来てんだ、ちょっと待ってて、今から迎えに行くから』
ルミとの電話を切ると、駅構内のお土産屋でぶらぶら時間を潰し、それから外に出る。
蝉の鳴き声が聞こえた。
日本に帰って来たんだ。初めて僕はそう実感した。
ルミは僕の父の妹だ。長男の父、次男、長女、そしてルミ。上三人はそんなに年は離れていないのに、ルミだけ計画外の子どもだったのか、僕の父より随分と若い。
代々から続く医者一家は長女までが順調に敷かれたレールの上を走っている。
生まれた時から計画外だったルミが、今までどんな思いをして生きて来たのかは知らないが、みんなからクレイジールミと呼ばれている。
大学を中退し、バックパッカーで世界中を旅した後、日本に帰って来たと思ったら、今度は海外青年協力隊に入ってアフリカのマラウイ共和国に行ってしまった。そしてルミは数年前から青森に住んでいる。
僕がルミと親しくなったのは、僕が髪をピンク色に染めた頃からだった。それまでは、いるのかいないのか分からない、噂だけ聞くクレイジーな叔母さん、それが僕にとってのルミだった。
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