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高校に着くと、昇降口前に人だかりができているのが見えた。近づくと理由はすぐにわかった。入学式に合わせて設置した掲示板に新入生のクラス分け表が貼りだされているのだ。
人混みをかき分けて、確認しようなんていう積極性は持ち合わせていないので、後ろの方で背伸びをしながら、自分の名前を探す。岩月という自分の苗字はこういうときにはとても便利で、さっと名簿の上の方を見るだけで、一年二組に自分の名前を見つけることができた。
「ここからじゃあ、見えないなあ。ジャンプすれば見えるかなあ?」
隣からそうぼやく女の子の声が聞こえた。その次の瞬間、「うわっ!」という情けない声と共に、自分の体に重みがかかる。何事かと見ると、ボブヘアーの女の子が腕にしがみついていた。
「えっと、大丈夫……ですか?」
「はい。……って、ごめんなさい。名前探すためにジャンプしたら、着地でバランス崩したみたいで」
その女の子は口では謝っているがあまり悪びれる様子もなく、にひひっと少し照れたような人懐っこい笑顔を浮かべている。
その女の子の笑顔を見た瞬間、心がざわめいた。そして、今までにないほどの未来の記憶が頭の中に流れ込んできた。
それは言葉の通り記憶の断片で、これから知ることになる情報で――それが一気に自分の記憶として定着していく。
*
入学式のあとにクラスで行われる自己紹介でひと際大きな拍手を受ける彼女の姿。雨の日に相合傘で一緒に帰りながら組まれた腕から感じる体温。僕の部屋で本棚を物色しながら楽しそうに笑う彼女の表情――。
「“りこ”はいつも楽しそうだよね?」
「そうだよ。人生は楽しまないと損だからね。それにこうやって好きな人いると、自然に笑っちゃうんだよね」
そう言いながら夜空を見上げる彼女の横顔を見つめながら、そうだよなと共感して幸せを感じている。
他にも、ミルクティーが好きで、特に学校の帰り道に寄り道して見つけたお気に入りの昭和レトロな喫茶店のミルクティーが一番好きで、角砂糖は二個入れる甘党だとか、本や映画の好み、好きなスポーツなども知っている。
僕は彼女と恋人同士になって、毎日を幸せに笑って過ごすんだ――。
*
現在に戻ってくると、一気に未来の記憶を見た影響か頭が少し痛み、思考がぼんやりとしてしまい、今どういう状況だったなのか、すぐに思い出せずにいた。言葉が出てこず、なんとなく目の前にいるボブヘアーの彼女から目が離せなくなって、見つめていた。
「あっ――」
彼女は何かを言いかけ、言葉を飲み込みむ。小さく咳ばらいをした後、
「えっと……大丈夫ですか?」
と、心配そうに聞いてきた。そのことでハッと我に返り、「だ、大丈夫です」と誤魔化すかのようにさっと目を逸らしながら返事をする。
「それじゃあ、僕は名前を見つけたので先に行きますね」
「そっか。じゃあ、またあとでね」
彼女は笑顔を向けてくれた。その笑顔を名残り惜しく思いながら昇降口に向かい、持ってきた上履きに履き替える。
そして、一年二組に向かって歩き始めたのはいいものの、どうにも心がふわふわとして落ち着かない。
先ほど見た未来の記憶で、彼女と同じクラスになるのは分かっている。それだけじゃなく、初対面のはずの彼女の個人情報もある程度知っている。
もしかしたら、これが運命と呼ばれるものなのかもしれない。
だけれども、あんなにかわいらしい女の子とどうやって仲良くなって、さらには付き合うようになるのか全然分からない。
考え事をしていたせいか、あっという間に教室までやってくる。開いている扉から中に入り、黒板に貼りだされてる席順を確認して、自分の席に腰を下ろし、そのままさっと教室を見渡す。もうグループを作って話し始めていたり、一人静かに座っている人がいたりと様々で、特に見知った顔はなかった。そもそも上辺の付き合いしかしないので、誰がいても問題はない。
それから五分もしないうちに、昇降口前で会った彼女が教室に入ってきた。僕の席が扉近くだったので、入ってきた瞬間に目が合ってしまった。彼女は驚いたような表情を浮かべ一瞬固まり、すぐに視線を外し自分の席を確認して、教室のちょうど真ん中あたりの席に座った。
席に着くなり彼女は近くで話している女の子のグループに加わり、楽しそうに話し始めた。それを机に肘をつき、なんとなく全体を見るようにしながら彼女に意識を向けていた。
彼女は楽しそうに話しながら、時々こっちに視線を向けて来ているような気がする。彼女も僕を見ているかもしれないと思うのは自意識過剰なのかもしれない。
ずっと彼女を見るのも変だと思われるといけないので、鞄から小説を取り出し、文字に意識を集中させる。
しかし、なかなか読むことに集中できず、目が滑ったり内容が入ってこなかったりと、一ページ読むのにいつもの倍以上の時間と労力がかかっている気がした。
未来で付き合うことになる女の子に出会ったという事実は、今の僕には受け止めることのできない重さだった――。
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