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白き花と夏の庭 12
「どうか夕凪の命だけは助けてくれ! 他は何も望まない! 俺にその力を! 」
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君のことは、数日前からずっと見守っていた。京都から急ぎ駆けつけた月影寺……やはり君はそこにいた。すぐにでもこの胸に抱きしめたかったのに、あと一歩を踏み出せないでいた。
それは、君が今は穏やかに幸せそうに見えたから。
前のように今すぐに無理矢理奪うことも連れ去ることも出来る。俺には君一人を囲う位の力はある。なのに出来なかった。
もう無理矢理攫うような真似はしたくない。
君の笑顔と幸せを守ってやりたい。
君の盾となり、君の笑顔を守る人になりたかった。
だが……俺と夕凪は異母兄弟なのだ。そのことを君はまだ知らない。
異母兄弟と躰の関係を持ったことを知ったら、君はきっと嘆き悲しむことだろう。
だから私は君のすぐ傍まで来ているのに、あと一歩を踏み出せないでいた。そっと木陰から見守ることしか出来なかった。
今日の夕刻には、もう京都へ戻らないとならない。流石にそう何日も店を不在には出来ない。だから今日こそは……せめて一言話しかけよう。きちんと別れを告げよう。そう思い森の奥へ散歩へ行く、君の姿をそっと追った。
誰にも見られないところで再会しようと、心に決めていた。
なのに……俺より先に君の前に現れたのは信二郎だった。
夕凪は驚き迷っていた。しかし躊躇した後、彼の足は信二郎に向かって歩みだしていた。
「夕凪! 」
「信二郎! 」
互いに呼び合う慈しみのこもった声が聴こえる。
耳を塞ぎたい!
駄目だ!
行くな!
その手を取るな!
どれだけ強く願ったことだろう。そんな汚い俺の願望が夕凪をこんな目に!
まさか手を取る瞬間、夕凪の足場が崩れ落ち、滝つぼに落下していくなんて!!
短い悲鳴と共に、夕凪が滝つぼに沈んで行く。
俺もほぼ同時に飛び込んだ。
まだ冷たい水だった。
暗い水の中、どんどん沈みゆく夕凪を追って、俺は潜っていく。
その手を掴みたい。
俺の命と引き換えにしてもいい。
夕凪だけは、助けてくれ!
もう何も望まない。
だから……頼む!
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