道 2

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道 2

「夕凪の上着は、上野の露店で見つけたよ」 「えっ律矢さんが上野まで……何故? 」  心臓がバクバクする。  悟られてはならない。  あの日のことが蘇りそうなのを、必死に抑え込んだ。 「夕凪があの日忽然と大鷹屋から消えてしまって、俺は驚いた。脱ぎ捨てられた着物を見て唖然としたよ。俺は捨てられたのだと」 「律矢さん……そんな……あれは」 「それであちこち探し回って、信二郎ともその過程で出会ってな、一宮屋に行き夕凪が家を出たことを知り、それから京都の駅であれこれ聴きまわり、東京行の汽車に乗った事まで分かって追いかけたのだ」 「……そうだったのですか」  東京行の汽車。その車中で俺は……見知ら軍人たちに何をされたのか。どんな姿にさせられ、何を挿れられ、何を強要されたのか……  ゾクリと背筋が凍り、冷たい汗が流れた。 「夕凪一体何があった? 何故……途中下車をした? どうしてこんなところに隠れるようにいたのだ? 教えてくれよ。理由を! 」  もう駄目だと思い、ギュッと目を瞑った。  律矢さんはもしや知っているのか。  あの日……俺がどんな目に遭ったのか。 「夕凪……おい? 真っ青だぞ。大丈夫か」  俺の様子がおかしいことに気が付いた律矢さんが、怪我をしていない方の手で肩に触れて来た。その手が肩が触れるや否や、俺は恐怖のあまり突然意識を失った。 **** 「夕凪……夕凪」  さっきは俺が律矢さんを呼んでいたのに、今度は俺が誰かに呼ばれているなんて、でもこの声は懐かしい声だ。目を開けると、信二郎が心配そうに覗き込んでいた。 「あ……信二郎」 「良かった!気が付いたか。もう大丈夫なのか。急に気を失ったと聞いて慌てたぞ。律矢もひどく心配していた」 「あの……律矢さんは」 「あいつも結構出血していたから躰がきついのだろう。夕凪が気を失ったのを追うかのように、倒れてしまってな、今は眠っているよ。傷も深かったし暫く安静にしないとまずいらしい」 「そうだったのですか」  律矢さんごめんなさい。怪我をして大変な時に俺まで倒れるなんて、余計な心配をかけてしまった。  そして懐かしい信二郎。本当に懐かしい顔だ。信二郎も俺を探しに来てくれたのか。 「とても会いたかった。とにかく夕凪が無事でよかった」  何と答えていいのか分からない。果たして無事だったといえるのか否か。何を話したらいいのか分からない。  それにしても信二郎はさっきからずっと無言だ。 「信二郎は何も聞かないんだな」 「いいんだ。今こうやってまた再会できたのだから、もうそれだけでいい」 「知らなくていいのか。今まで俺がどこで何をして来たのかを」 「あぁ君は夕凪だ。生きてくれていた。もうそれだけでいい。他には何もいらない。この一年何をしていたかは問題じゃない」  そんなはずない。そんなの綺麗事だ。  あの事件を知ったら、信二郎だって去っていくのでは……  とうとう我慢できなくて聞いてしまう。 「じゃあ俺から尋ねてもいいか。信二郎は何故ここに俺がいると分かったのか」  聞かないでくれるのは有難い。なのに自らを追い込むようなことをしてしまう。 「それは……夕凪が車中に忘れた鞄を駅舎に届けてくれた男と知り合って、その男の実家がこの寺に出入りする筆屋だったのだ。そこから夕凪らしき人がこの寺にいると聞いて、もしやと思い駆けつけたのだ」 「筆屋って、あの静岡のか」 「そうだ、この一年夕凪の行方が分からないので、私は生活の拠点を東京に移して、大船界隈を休みのたびにずっと探していたのだ。縁は切れてなかったということだ。夕凪と私の縁は続いている」 「そうだったのか……そんなにまでして俺のことを探してくれたのか……お前は」 「夕凪……君に触れてもいいか」  何故かためらいがちに信二郎が聞いて、それから手をすっと俺の方に伸ばして来た。 「信二郎……駄目だ」  すでに律矢さんと信二郎という二人の男と深い躰の関係を持ってしまっているのに、このような状況になっても、どちらを選べばいいのか分からない。  でも信二郎がまだ俺のことを必要としてくれているのなら……  最初にこの寺に俺を迎えに来てくれた人と生きていく。そう誓ったのはいつだったのか。その言葉を思い出していた。だが、いざ目の前に迷いなく手を差し出されると、怖いのだ。  あの暗闇で……複数の見知らぬ男に襲われた忌々しい過去が蘇って来る。俺は信二郎と律矢さん以外の男にだって抱かれてしまった汚い躰になってしまった。そう思うと……この手は取れない。 「もういいんだ。もう俺のことは忘れてくれないか、俺はこの寺でうまくやっている。ここにずっといたいんだ」  本心でもあり本心ではない言葉。  この寺は好きだ。流水さんも湖翠さんも実の兄のように、俺のことを溺愛してくれている。でも本当は信二郎に忘れて欲しくない、そして律矢さんにも。なんて卑怯な男なんだ。俺は…… 「夕凪、嘘を言うな。お前が嘘をつく時はすぐに分かる。もう強がるな。私と京都へ戻ろう。人里離れた場所で共に暮らそう。さぁ」  あぁその手を素直に取れたらどんなに良いのか。  でも俺は君を満足させてあげることが出来ない。  本当は怖い。男同士で躰を重ねることが……  あの事件を思い出してしまいそうで怖い。そして二人の男性の間に揺れ動く己の心も、何もかもが怖いのだ! 「……信二郎も律矢さんも大事なんだ。だから行けない」 「夕凪っ! もうそれ以上言うな」  信二郎の手が強引に俺の手を掴んだ。そのまま乱暴に胸に抱き寄せられ顎を掴まれ、有無を言わせぬ接吻を受けた。考える暇がないような速さで、一気に俺の唇を奪っていく。 「あっ……あ……うっ……嫌っ」  駄目だ!  もっていかれてしまう。  開かれてしまう!  眠っていた俺の熱いものが!
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