三人の世界 3 

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三人の世界 3 

 夕凪から接吻してくれるとは……もう二度と触れられないと思っていたその柔らかい感触と温もりに、下半身から熱いものが込み上げてくる。  俺は信じられない思いで、その熱を受け止めた。  夕凪は俺に縋りつくように躰を寄せ、心を集中した接吻をやめない。  もう我慢出来ない。この場で押し倒して抱いてしまいたい。甘い誘惑だ。いや違う。それはもう駄目だ。触れてはいけない相手なのだ。きつい戒めだ。  二つの正反対の感情が、激しくぶつかり合う。 「くっ……」  滝に落ちた夕凪を救うために誓ったことを思い出し、やっとのことで声を振り絞り夕凪の肩を掴んで、我が身から引き剥がした。 「夕凪……駄目だ、離せ」 「うっ……律矢さん」  突然の躰を離されたことに驚いて、夕凪は驚いたように目を見開いている。 「夕凪……俺は駄目なんだ。俺とお前は、もう二度と触れあってはならないのだ」 「律矢さん何故……急に」  言うなら今しかない。とうとう真実を告げる時が来たのだ。俺は一呼吸置いてから覚悟を決め、あのことを告げた。 「夕凪。いいかよく聞け。俺とお前は……半分血が繋がっている」  夕凪が細い肩をビクンと震わせた。 「えっ……それはどういう意味? 」 「お前の本当の父親は、俺の父だ」 「あ……」  まるで何か思い当たることがあったかのように、夕凪は小さな声をあげた。 「すまなかった。君をあの日……無理矢理抱いてしまって……俺もあの時はそのことを知らなかったのだ。あの夕凪を女装させて大鷹屋に行った時、はじめて父から事実を聞かされた」  殴られる覚悟。罵倒される覚悟で告げた真実だ。ところが夕凪は予想に反して、あまり驚いていないように感じた。一体何故だ? 「夕凪……なぜ驚かない? 」 「律矢さん……もう……そのことは、なんとなく感じていた。俺が突然大鷹屋に売られた意味。ずっと産みの親だと思っていた人たちが赤の他人だったこと。これですべてが繋がった」 「そうか……だが俺と夕凪は半分血が繋がっているのに、俺はお前に手を出してしまった。禁忌を犯したのは俺だ! 何故怒らない? 」 「……それは……何だか実感が沸かないし、もう俺が誰の子供であろうと関係ないような気がして」 「夕凪……一体何があったんだ? 俺達と離れている間に」  夕凪の淡白な反応に違和感を覚えた。  同時に急に不安が押し寄せて来た。  離れていた時間に、夕凪の身に何が起きたのか。  生真面目だった夕凪が、このような告白をさらっと聞き流すような態度も不可解だ。 「夕凪……どうしたんだよ。何かあったんだな。さぁ話してみろ」 「律矢さん……」 「ちゃんと話せ。そうじゃないと納得できない、夕凪……お前……少し変だぞ」  夕凪はふっと目を閉じ、観念したかのような表情を浮かべた。 「律矢さん……俺はもう前のような躰じゃない」 「それは、どういう意味だ」 「……あの時……あの日……俺は汽車の中で軍人に目を付けられてしまって……」  徐々に夕凪の声が震えて来る。目には涙を浮かべ、酷く思いつめた表情をしている。 「夕凪……君はもしかして……まさか、その軍人に何か」 「くっ……律矢さん、ごめんなさい、俺がもっと気を付けていれば、あなたの元を抜け出さなければ……一人で汽車になんか乗るんじゃなかった。あんな目に遭うと分かっていたなら」  夕凪は再び俺の胸元にふわっと飛び込んで来た。小さく肩を震わせ、怯えた子どものように…… 「……お……俺は見知らぬ男二人に無理矢理、凌辱されてしまった。だから俺は……あなたと半分血が繋がっていることに驚かない。それよりもこの躰の方が汚いんだっ」  なんと……声を掛けていいのかわからない。  男なのに見知らぬ男に力づくで犯されてしまった恐怖。それを男としてどう慰めてやればいいのか分からなかった。  震える肩に手をおいて優しく呼びかけてやることしか、今の俺には出来なかった。 「夕凪……」 「夕凪……」  その時、二つの声が重なった。  はっと思い顔をあげると、いつの間にか信二郎も部屋に入って来ていた。 「信二郎も今の話を聞いたのか」 「あぁ」  信二郎も苦し気な表情を浮かべていた。 「だが一番辛いのは夕凪だ。理不尽に躰を奪われてしまったなんて……案じていたことが現実に……」  夕凪が肩をビクンと揺らした。 「信二郎も聞いてくれたか」 「あぁ夕凪が襖の向こうで待てと言うので、一部始終をな」 「……だから俺はもう君たちが愛してくれた躰ではないんだ。愛される資格なんてない! それでも……俺はっ……俺は君たちと行きたい。一緒に生きたいんだ! 」  夕凪が涙で顔を濡らしながら叫んだ。  その光景に、激しく胸を打たれた。  美しいと思った。  夕凪は手折られたようで、そうではない。  躰は確かに奪われてしまったが、その元来備わっている美しい高潔な心までは踏みにじられていない。気高いままの夕凪なんだ。 「二人がいい。どちらかなんて選べない。こんな俺を受けとめて欲しい」 「夕凪……」 「律矢さんっ、信二郎……俺、怖かった。刃物で脅され抵抗なんて出来なかった。無理矢理だった。痛かった! 気持ち悪かった! 逃げたかった! ……あなたたちに助けて欲しかった! 」  悲鳴のような声。  恐ろしい目にあったことを思い出してしまったのだろう。  怯えてい委縮していってしまう夕凪が儚げで、今抱かなかったら露となり消えてしまいそうだと不安になるほどだ。 「夕凪……大丈夫だ。もう誰もお前を奪わない。私達以外は誰も……さぁおいで」  俺が動く前に、信二郎が夕凪の手を掴み布団にそっと寝かした。それから呆然としていた俺のことを、呼んだ。 「律矢……お前も共に」 「夕凪……まさか……二人で抱いてもいいのか」  仰向けに寝かされた夕凪が、俺達を見つめ覚悟を決めたような表情で小さく頷いた。  頰が赤く染まり、美しく高揚していた。 「……いい。そうして欲しい。すべて忘れたい…律矢さんと信二郎だけしか知らない躰に戻りたい。戻れないことは分かっているのに戻りたい……だから抱いて欲しい。俺のことを二人で」 「夕凪、分かった。優しくするから……怖い思いはさせないから」 「んっ……」  俺も気が付くと夕凪の上半身に覆いかぶさっていた。信二郎は下半身へと移動した。  一人の男を二人で抱く。  そんなことが出来るのか。  だがもう俺達は動き始めている。  この流れに乗るまでだ。 「俺は夕凪を愛する。信二郎と二人で共に愛していく」  そう口に出したら覚悟が決まった。 「信二郎、お前もそれでいいな」 「あぁ二人で夕凪を愛していこう」  これから開けてはいけない扉をまた一つ、開けることになるだろう。  三人の世界が、今から始まるのだ。  果たしてこの先の世界に待つのは何だろう。  共に堕ちていくのではない。  共に進んで行くのだ。  この先は……夕凪と俺達が共に生きていくための行為なんだ。 「んっ……あぁ…あっ…」  俺は夕凪の唇を貪るように奪った。夕凪も口を少し開いて、俺の舌を受け入れる。  舌を絡ませ唾液が絡み合いくちゅくちゅと卑猥な水音が立ち始めると、喉仏を甘噛みしてから、鎖骨まで唇を這わせ、それから夕凪の浴衣の袷に手を差し入れて一気に胸元を開いた。 「んんっ! 」  一際大きな堪えながらの喘ぎ声。  見れば信二郎も夕凪の浴衣の裾を、下から捲りあげていた。
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