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残された日々 2
朝が来て、また夜がくる。
単調な日々も流と共に過ごせるのなら愛おしい日々だった。そんな平穏な日々がいつまでも続けば良いと願っていた。
慌ただしい師走が過ぎ、正月の行事もひと段落した四日のことだった。突然祖父が月影寺を訪ねて来たのだ。
僕たちの両親は十年前に交通事故で二人とも他界してしまっていたので、祖父が後見人となっていた。寺は隠居したが厳格な祖父だ。
僕たちは祖父に頭が上がらない。
「兄さん、大丈夫ですか。顔色が悪いですが」
「うん……」
祖父のために茶を点てていた流水に気遣われた。祖父が来た理由、僕には分かる。きっと、あの見合いの話を進めるつもりなのだ。今度はどうやって断ればいいのか……あの手この手も、流石にもう通じないだろう。
お抹茶と干菓子を置き、僕たちは祖父の前に正座した。
「お祖父さま、あけましておめでとうございます。新年早々いかがされたのですか。御用がおありなら伺いましたが」
「湖翠や、わざわざここに来た理由をお前は理解しているだろう」
「……はい」
祖父は不機嫌そうに眉根を寄せ、深いため息をついた。
「お前達は一体いつまでそうやって、二人でくっついて過ごしているのだ? 」
見合いのことかと思ったが、突然流水のことを引き合いに出され驚いた。何故今日に限って流のことまで? 何か突っ込まれるようなことをしてしまったのだろうか。いや……僕の想いはひた隠しにしているのだから、そんなはずはない。
少し怪訝な顔をしてしまったのかもしれない。それを祖父は見逃さなかった。
「やはりな。お前達兄弟によからぬ噂が立っていると投書が来たのだよ」
「え……」
言っている意味が分からなかった。隣で流も納得がいかない表情を浮かべていた。
「じいさん、一体その投書に何が書いてあったんだよ」
「これっ流水、その口の聞き方はなんだ!」
「だって酷いじゃないか!俺と兄さんの何が悪いんだよ!」
「お前たちは、兄弟だ」
「あぁそれが?」
「投書はだな……コホン……お前たちが恋仲だという内容だったのだ。まさか……あり得ぬ噂だと思うが、こんな噂が立つようでは、この月影寺に傷がついてしまう。そのためにも湖翠は早く結婚した方がいい」
唖然とした。一体どこで僕は過ちを犯したのか。流水への気持ちは外に漏れないように気を付けていた。なのに……なぜ。
「はっ? なんですか、それ。俺と兄さんが恋仲だって? 馬鹿馬鹿しいっ」
流水の声はいらついていた。その真意が読めず、僕は落ち込んだ。
「じいさん、ちょっと待ってくれよ。そんな根も葉もない噂のために兄さんは結婚しなくちゃいけないんですか」
「あぁそうだ。湖翠はもうとうに結婚適齢期になっている。早く結婚してわしに孫を見せてくれ。この寺の存続のためには、子孫を絶対に残さねばならぬしな」
「信じられない……兄さんの結婚をそんな理由で押し通すなんて」
「黙れっ! この世の道理だ」
「そんなの、おかしい!」
祖父と流水の会話が延々と続く。
折り合いの付かない言い争う声が、僕を通過していく。
僕は誓う。
僕の秘めたる恋に、流水を巻き込んではならない。
それは分かっているが、意に染まない結婚を強要されるなんて……虚しい気持ちが、ひたひたと押し寄せてきた。
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