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残された日々 3
「見合いを断ることは許さんからな。月影寺の名にかけて心して過ごすように。日取りを決めたらまた知らせる」
結局祖父の強い一言で幕を閉じた。
嫌だ……結婚なんてしたくない。
僕の望みは……流水と二人で、ただ静かに暮らしたいだけだ。
それ以上のことは望んでいない……浅はかな夢だと知っているから。
祖父が帰った後、流水のことを縋るような目で見つめると、すっと視線を外された。
胸がつぶれる思いだった。
流水に嫌われたのか。もしやあんな噂を立って……僕を疎んでいるのか。
「すまなかった。お前に迷惑をかけた。やはり、おじい様の言う通りにした方がいいと思うか」
今度は苦虫を噛み潰したような表情を、流水は浮かべた。
「それを俺に聞くんですか」
流れない会話。絡まった糸。長い沈黙が続いて行く。
もう駄目だ。きっと嫌がっているのだ。僕が……僕がひかないと、流水にだけは迷惑をかけたくない。そう誓ったばかりじゃないか。
もう引けよ! 兄としてしっかり対処しろ!
自分にそう必死に言い聞かせた。
「もう……全部……分かった。おじい様の仰せのままに」
「くそっ……何を分かったというのですかっ!」
急に流水が僕の両肩をガシッと掴んできた。
指先は冷たくギリギリと力が入り、痛いくらいだ。
「俺がどんな気持ちで、じいさんと話したと思っているのですか」
このまま口づけされてしまえば、そんな甘美な夢を見てしまう程の至近距離だ。こんなに怒ってくれるなんて、ガクガクと大きく肩を揺さぶられても、覚めない夢に酔っていた。
「行かせたくない! 兄さんはここにいて下さい」
流水が僕をぎゅっと抱きしめた。
背中に回された手は熱く燃えるよう。
僕の肩口に埋めた顔を……その表情を見てみたい。
僕は……僕は夢を見てもいいのか。
見てはいけない夢を……
その時廊下から足音が聞こえ、お互いビクッと躰を強張らし離した。
どこで誰が見ているかわからないのだから、細心の注意をすべきなのに、僕はこんなところでまた甘えてしまった。本当に懲りていない。
「兄さんもう出ますよ。二人きりは良くない」
「うん、分かっている」
祖父から言われたばかりなのに。
気まずい思いで俯いていると、流水がそっとすれ違いざまに肩に手をあててくれた。
その手に、僕の手を重ねた。
「ありがとう」
「兄さん……」
流水はふっと表情を緩めた。
あぁ僕は……彼のこの顔が好きだ!
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