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心根 こころね 12
朝はもう来ない。
きっと……もう見られない。
真っ暗闇の世界で痛む心臓を右手で押さえ天を見上げれば、空には不気味な月が昇っていた。
いよいよ俺を冥途へ誘おうとやってきたのか。
怖い。
だがもっとよく目を凝らせば、その月の傍に二つの星が仲良く瞬いていた。
あれは、※金星、銀星とも言われるふたご座の中の明るい星だ。
(※神話にも登場する兄弟星のこと。ふたつ仲良く並んで輝いています)
俺は……あそこに行くのか。いよいよ旅立つのか。
そのままじっと夜明けまで、兄弟星を見つめていた。
兄弟……兄さん……湖翠……
湖翠の弟として生まれ過ごした二十八年間が、走馬灯のように思い出される。
美しく聡明な兄。自慢の兄。
両親が急死してから親代わりに俺を育ててくれた頼もしい兄。
でも本当は寂しがりやで人肌を欲する儚い人だってこと知っていた。だからずっと二人で支えあって生きていこうと誓っていた。
その癖、兄弟の禁忌を超える勇気がなくて、結局いつまでも待たせてしまった。
結局、世間の目が怖くて、兄を守る弟として生きていくつもりだった。
だが本当は……相思相愛だったのだ。
命の期限を知って、初めて一線を越える勇気を得るなんて……
俺は意気地なしだった。
馬鹿だった。
最後に湖翠を騙すようにして抱いてしまった罪深さよ。
全部、俺が被るから。
あなたには幸せだけが残るように……
願っている。
とうとう……きつい痛みを我慢できず、呻き声をあげてしまった。
「ううっ……」
「流水さんっ苦しいのですか」
その振動に夕凪が飛び起き、俺のことを見た途端、必死の形相になった。
「……ゆ……う……」
喋ろうと思ったが、もう肺が押し潰されそうで、声がほとんど出ない状態だった。だが何故か、頭の中は冷静だった。
早く……告げないと……俺がいなくなった後のこと。
「お……わかれ……だ。どうか……ここに……おれの墓を……つくってくれ」
「そんなっ……湖翠さんにはどうしたら」
「絶対に……言わないで……くれよ。おれがいなくなること……さとられるな」
「なんてこと……を」
「……きっといつかあえるから……そのとき……あやまる……から」
やがて東の空が明るくなってきた。
ゆっくりと大地が動く。
暗闇の世界に差し込む光。
いつか俺たちにもこんな夜明けが来る。
そう信じて……いる。
夜明け。
夜明けを目指すんだ。今度は。
絶対また逢いにいくから。
待っていてくれ。
必ず一番近いところに産まれるから。
今度こそ、結ばれよう。
俺たち……幸せになろう。
暁から東雲(しののめ)へ。
そしてやがて曙。
次々と美しく色づいていく世界を夢見て
光に向かって、手を必死に伸ばした。
未来を掴みたくて……
「流水さん……っ」
遠くに悲痛な夕凪の叫び声が聞こえる。
俺は光の中に溶けていく。
夜明けに身を溶かしていく。
さよなら……
夕凪。
さよなら……
兄さん。
心の奥底の……俺の本当の心を告げたい人はあなただけ。
あなたは俺が生涯でただ一人愛した人。
俺が次の世でも愛する人。
湖翠……
必ずまた逢おう……
『心根 こころね』了
あとがき
****
志生帆海より
切ない展開ですが、この二人の想いは『重なる月』の第一部完結後の蜜月旅行編以降で昇華されていきます。合わせて読んでいただけると、納得していただけるのではと思い、日々更新しております。
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