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しばしの別れ 2
宇治の山荘の中庭。俺は流水さんが眠る墓の前に立ち尽くしていた。
あの日、昇ってくる朝日を掴むように手を伸ばし絶命した流水さんの姿に想いを馳せていた。俺たちだけで彼の亡骸を荼毘し、この山荘の中庭に墓を建てた。
──湖翠さんには、絶対に知らせないで欲しい──
その言葉が重すぎます……流水さん。
あんなにも仲睦まじかった二人なのに何故このような結末を?
俺が凌辱され死にそうになっていた時に救ってくれたあなた達。凍った心が息を吹き返し、生きる力を取り戻せたのは、あの月影寺での一年のお陰なのに……俺は一生かかっても返せない程の恩があるのに、何も返すことが出来ない。
唯一の頼まれごとが、こんなにもむごいことだなんて。
あの日のやりとりのすべてが記憶から捨てられず、俺を苛んでいる。
目を閉じれば、今も最期のやりとりが聴こえてくるようだ。
「お……わかれ……だ。どうか……ここに……おれの墓を……つくってくれ」
「そんなっ……湖翠さんにはどうしたら」
「絶対に……言わないで……くれよ。おれがいなくなること……さとられるな」
「なんてこと……を」
「……きっといつかあえるから……そのとき……あやまる……から」
沈みゆく夕日の橙色の暖かな光線が、墓石を優しく包んでいる。それはまるで慈愛に満ちた湖翠さんに包まれているように見える。
辛くて重たい秘密。
湖翠さんに知らせたい。
湖翠さんに流水さんの墓にお参りしてもらいたい。だがそれは絶対出来ないことだった。夕凪の時間。それは過去の後悔と対面する時間だった。
「やれやれ夕凪、またそこにいたのか」
「あっ律矢さん……すみません」
「また泣いていたのか」
「もう一年も過ぎてしまって……今日の法要だって、誰も身内を呼ぶことも出来ず……」
「……そうだね。君に課せられたものは重くて、辛い秘密だ」
「俺……悔しくて……悲しくて……」
気が付くと律矢さんが背後に立っていて、優しく目元の雫を拭ってくれた。
「さぁおいで、夜風は冷えるよ」
俺はやりきれない気持ちをいまだに昇華できず、あれから一年経つのに、未だに苦しんでいる。特に今日は流水さんが他界してちょうど一年の命日だから、気が高ぶっているのかもしれない。
どうしようもない気持ちを持て余し、無性に虚しくて……律矢さんの胸に、自分から飛び込んでしまった。
「律矢さん、人は亡くなると、どこへ──」
「夕凪……そんな顔するな。逢いたい人のところへ行くんだよ。きっと……」
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