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第5章 嫉妬 1
「珍しいな、信二郎。お前がこんなところに」
祇園の料理屋で、顔馴染みの絵師仲間と酒を交わした。
「そうだな。お前と飲むのは久しぶりだ」
「それはこっちの台詞だぜ。なんでも宇治の山奥でえらい別嬪さんと暮らしているっていう噂だぜ。本当か」
「へぇ……そんな噂があるのか」
「一度会わせてくれよ。もう奥さんにしたのか」
「……ははっ、そういうことにしておいてくれ」
まさかそのえらい別嬪さんと噂されているのが、お前も知っている、かつての一宮屋の若旦那 夕凪だと知ったら、腰を抜かすだろうな。
絶対に言えない秘密だ。夕凪の身を護るために、私たちは一生夕凪を隠し通すと約束している。なぜだか虚しさがこみ上げて、グイっとまた酒を煽った。
「おい、そんなに飲んだら潰れるぞ」
「いいんだ、今日は……」
「帰らないと、美人の奥方が寂しがらないか」
「……今日は……そんな暇ないさ」
「へぇ……しかしお前は相変わらず変わってるな。昔から達観していたが」
「いいからもっと飲もうぜ」
もう……早く酔ってしまいたかった。
宇治へ帰れないように、潰れてしまいたかった。
今日は律矢が来ている。
そのことに遠慮したのは私の方なのに、夕凪のことを今頃律矢がきっと抱いていると思うと妬けてくる。
普段は私が独り占めしているようなものなのだから、久しぶりに来てくれた律矢に譲るのは当然なのに……やっぱり私が見ていない所でふたりが抱き合っているのは、辛いもんだな。
律矢は今年の初めに結婚した。
『大鷹屋』という京都一の老舗呉服店ののれんを継ぐためには、致し方ないのは理解していた。さらに最近、奥方が妊娠したそうだ。だからなのか……律矢が女に使ったモノを、夕凪の中に挿入することに嫌悪感を覚えてしまった。夕凪が汚されてしまうような気がして不快な気持ちもこみ上げてくる。
はっ……全くこれは私の勝手な解釈であり、ただの独占欲だとは分かっている。
やがて子が産まれれば、律矢の足はますます遠のくだろう。そのことは、律矢と私のふたりで夕凪を愛し抜くという誓いから逸れていくものだ。
私はそれでも一向に構わない。夕凪を独り占めできる機会だとすら思う。だが……夕凪の方はそうではない。同じ血を分けた者同士の言い表せないしっくり感を、律矢に感じていることを人知れず理解している。そのことは私がどうやっても歯が立たないことだ。
夕凪をふたりで平等に愛し、平等に抱く……そういう均衡はとっくに崩れていた。だから譲るだの譲られるだの、そんなひねくれた考えになってしまうのだ。
どうにも昇華できないモヤモヤとした気持ちが心を曇らせていく。
酒を何杯も浴びるように飲み続け、視界がぐるぐると回りだし、同時に心は急降下していく。
「おい、信二郎!もうよせって」
「……久しぶりに女を抱きたい」
なんでそんなことを言ってしまったのか。
律矢が女を抱いたのなら、私も抱いてやる。張り合うような浅はかな言動だ。
「へぇいいのか。浮気になるだろう」
「構わない」
「じゃあ今から※五条楽園に行くか」
「あぁ行こうじゃないか」
自らを鼓舞するように言い放ち、千鳥足で歩き出した。
****
こんにちは。志生帆 海です。
今回より新しい章に入りました。第5章です。
4章では流水さんの旅立ちまでをじっくり描きましたので、
再び物語の軸は『信二郎.律矢×夕凪』に戻ります。
今後ふたりの男に囲われた夕凪の人生が……どのように流れていくのか。
そのあたりをじっくりと書いてみたいと思います。
舞台は京都……時代は大正……
浪漫溢れる内容になるように頑張ります!
※江戸後期から明治期にかけて繁栄した京都最大の遊廓地帯のことで、複数の遊廓が大正時代に合併して出来た花街。
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