776人が本棚に入れています
本棚に追加
はだける 1
「馬鹿、こんな所で……もうやめろ」
「まだ出来そうだな、夕凪、もっと気持ち良くなれよ」
「もう……いや……だ。ここじゃ嫌だ」
俺のものをしゃぶり続ける信二郎の頭を掴んで必死に抗う。腰がぶるぶると震えて、もう立っていられないんだ。
「しょうがないな。じゃあ私の家に来るか」
「お前の? 」
「あぁ」
行っては駄目だ。もっと酷いことになる。そう危険信号が躰中で鳴っているのにコクリと頷いている自分に驚いてしまう。
羽織った着物で顔を隠した俺は、信二郎に手を引かれ連れて行かれる。
俺はこんなにも意思の弱い男だったのだろうか。
こんなにも簡単に快楽に溺れてしまう男だったのだろうか。
もう何も分からない。考えられない。
ニャアー
後ろからさっき信二郎があやしていた黒猫が付いてくる。
街灯を浴び、二人の影が路地裏に長く伸びていく。
その影はそっと寄り添っていた。
****
「入れよ」
「ここがお前の家?」
「あぁ私のといっても間借りしている町家だがな」
「そうか……信二郎には家族はいないのか」
「ははっ気になるか? 今は独り暮らしだから遠慮するな」
「今は?」
そこは祇園から松原橋を渡り入り組んだ路地をいくつか通り抜けた先の木屋町通沿いの町家だった。素焼きの木頭杉で囲まれた路地の奥の家は、まるで誰にも知られることのない二人だけの秘密基地のようだ。
「私の自慢の家だ。案内してやるよ」
「あっああ……」
灯りをつければ橙色の光で部屋が柔らかく満たされていき、俺の緊張していた心も溶けだしていく。
「さぁ」
信二郎に手を引かれ部屋にあがる。
「一階には台所に檜風呂、洗面、トイレ、そして居間がある。居間に面してなかなかいい感じの坪庭があってな」
「へぇ」
「ほら見えるか」
信二郎が指さす先には、よく手入れされた小さな庭が見える。狭い庭なのに一本の桜の樹が植えてあり、まさに今が盛りとばかりに咲き誇っていた。見上げれば月夜に満開の桜が厳かに立ちはだかり、それがぞくっとするほど美しい。
「美しいな。こういう場所は落ち着く」
「あぁ夕凪によく似合うよ」
振り返ると部屋の奥に階段が見える。
「ニ階もあるのか」
「あぁ絵を描く部屋と兼用の私の寝室がある」
「信二郎の寝室か……」
そう口に出すと恥ずかしさが込み上げる。
「夕凪、今日はこのまま泊まっていけよ」
「なっ! そんなこと出来ない」
「なんでだ? 女子供じゃあるまいし外泊位で目くじら立てるなよ。随分と身持ちが固いんだな」
「そっそれはそうだが」
「もしかして何か期待してるのか」
「してないっ!」
そう言いながらも信二郎の家に今いるっということに、信二郎の匂いに包まれた空間に二人きりということに 心臓が爆発しそうだ。
俺は今日ここに何をしに来たのだろう。
最初の目的は、もう遙か彼方に行ってしまった。
「さぁ来いよ」
信二郎が逞しい手を差し出す。その手を取れば、またあの官能の世界に連れて行ってくれるのか……
俺の手は自然に動いていた。
最初のコメントを投稿しよう!