隔てられて 3

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隔てられて 3

「うっ……」  目が覚めると見慣れぬ部屋で清潔な浴衣を着せられ、温かい布団に寝かされていた。  ここは一体何処だろう。久しぶりに清潔な布団で眠れることにほっとして、うつらうつらとしたまま寝返りを打とうとした途端に下半身にズキッと嫌な痛みを感じた。 「うっ……痛っ」  あぁそうだった。使用人の風呂場で……俺は大旦那の息子である律矢さんに無理矢理に。あ……嫌だ、これ以上は思い出したくない。  キュッと目を閉じ、あの忌々しい記憶、躰を貫かれてしまった痛みを心の闇に放りこもうとした時、襖がさっと開いた。 「夕凪、起きたのか」  寝ている俺の横に律矢さんは座り込んだ。 「律矢さん……」  改めて正気で見ると、律矢さんは不覚にも男の俺が見惚れてしまうほどの美丈夫だった。風呂場でも思ったが、外人の血でも混じっているかのように彫りの深い整った顔立ち。男らしい精悍な風貌、少し茶色がかった髪の毛が窓から射し込む陽を浴びて透き通って見える。だが、その美しい顔に大きな青痣が出来ているのに気がついた。 「……あの、その頬の傷はどうしたのですか」 「あぁこれか、くそっあの親父め。俺がお前を横取りしたからって本気で殴ってきやがった」 「……すみません」  何故謝ってしまったのだろう。俺の躰を無理やりに奪った人相手に。 「いいんだよ。さっきは強引に悪かったな。いつものように使用人の風呂場をちょっと拝借しようと思ったら、お前が真っ裸でいるから……とまんなくなっちまってな」 「……」  どう返事をしていいのか分からない。  何もかもがふわふわと浮いたような感じで中途半端なままだ。俺の意志を無視してあんな扱いをしたことを思い出せば到底許せることではない。  なのにそれを責めようにも何かが足りないんだ。大事な何かを忘れてしまったようで心にぽっかりと穴が開いたような気がしてならない。まだ心の中には大切な誰かの存在の名残を感じているのに…… 「あの人は誰だったのか」  そう呟くと律矢さんは怪訝な顔をした。 「夕凪もう安心しろ。親父はもうお前に手を出せない。ここ数年の親父の手癖の悪さは大鷹屋を潰す勢いだったから脅してやったんだ。それで親父からお前を貰い受けたのさ」 「貰ったって……人を物みたいに。もうやめてください。それにあの、ここは一体何処ですか」 「あぁ俺専用の作業場だ」 「作業場って、一体場所は何処ですか」 「宇治だよ。ほら宇治川が見えるだろう」  律矢さんが手を伸ばし障子を開くと、窓の外には森が広がっていた。外を覗き込むと俺がいる場所は高台に建っているらしく、眼下に確かに宇治川の雄大な流れが見えた。  何だってこんな遠くに……いつの間に。 「今日から、お前はここで暮らすんだ」 「えっそんな」 「今までのことは全て忘れろ。一宮屋の若旦那だったことは、もう既に過去のことだ。戻れない世界だよ。その代わり、ここではお前がしたかったことを好きなだけするといい」 「……したかったこと?」 「あぁゆっくり考えてみろ」  何ともいえない気分だった。俺は一体どこまで流されてきたのだろうか。つい先日まで一宮屋の若旦那として暮らしていいたはずなのに……そうだあの日、誰かが俺に女物の着物を着せて、それから…… 「うっ」  その先を思い出そうとするとズキっと頭が突き刺すように痛み、胸が締め付けられるようで苦しかった。なんだ一体? 俺は何を思い出そうとしたのか。それはひどく大切なものなのに思い出してはならないもののように感じた。 「夕凪……可哀そうに。一度にいろんなことがありすぎたな。少し休めよ。今宵は無理なことはしないから」 「……頭が割れるように痛い」 「少しお休み。あとでまた様子を見に来るからな。今は、躰を休めてくれ。その……本当に悪かったな…」  律矢さんが優しい目つきで、おでこに手を当ててくれ、そして静かに襖を閉めて部屋から去って行った。これは駄目だ。そう思うのに、何故か抗えない自分に戸惑いを感じた。 「そうか……帰るところがないからなのか。もう俺には……」  急に育ててくれた両親の顔が浮かんで、胸を締め付けて来た。  理由があったはずだ。  俺を手放すだけの理由が……  そう信じたい。
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