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隔てられて 4
大鷹屋の大きな店構えの呉服屋は烏丸御池にあるが、住居は別だと一宮屋の番頭が教えてくれた。その地図を片手に辿り着いた邸宅の前に、今私は立っている。
「すごいな」
大鷹屋の住まいは京の町の一等地にあり、銀閣寺へ続く哲学の道の一角にある大きな門構えだった。大きな木の正門は私の背丈の数倍もの高さがあり、その周りを竹林が囲んでいて、とても静かな雰囲気だ。
「ここに本当に夕凪がいるのか」
通用門を叩くと、暫くして使用人らしい男が胡散臭そうに出て来た。
「どなたですか」
「私は絵師の坂田 信二郎と言うものだが、ここの大旦那と話がしたい」
使用人は蔑むような眼で私のことを一瞥し、横柄な態度になった。
「約束はあるのか」
「そんなものはしていないが……人が一人行方不明なんだ。そのことで、どうしても話がしたい」
「けっ無理だな。大旦那様はお前のようなゴロツキの相手をするほど暇じゃねえよ」
「なっ……私は京友禅の絵師だ」
「ふんっ、絵師だろうがなんだろうが、勝手に人を中に入れるわけにはいかねぇんだ! さっさと失せろ」
くそっ真正面から入るの手強く、埒が明かない。どうやらここは一旦引き下がって、こっそり様子を見た方が良さそうだ。
「じゃあな」
使用人が言い放つと、再び門が重く閉じられていった。仕方がない。少し日が暮れるのを待って闇に紛れて忍び込めんでみよう。どうも怪しい。
私は門が見える高台に腰を下ろし、草花のスケッチをして時間を潰すことにした。
ふと足元を見ると珍しく鷺草(さぎそう)が咲いていた。
純白で細かな切れ込みの入った花姿が、まるで白鷺(シラサギ)が飛んでいるかのようにみえることに由来するんだよな。本当に遠くに羽ばたいていきそうだ。その清らかな花姿に夕凪のことを思い出した。
清純
繊細
芯の強さ
私しか知らなかった夕凪は、本当に清純で繊細な人だった。
君は一体今どこにいて……何をしている
ギィィィ……
正門が大きく開いたかと思うと、この時代には珍しい黒塗りの自家用車が中から勢いよく出て来た。
「凄いな。自家用車まで持っているのか……んっ? あいつは……まさか」
運転手が恭しく運転している後ろに座っている男に、見覚えがあった。あの男は祇園で会った奴では? あの時夕凪を助けた男にそっくりだ。なんでこんな場所から出てくるのか。嫌な予感がして斜面を急ぎ駆け下りたが間に合わなかった。
「くそっ! 間に合わなかったか」
小さくなっていく車を見送った後、悔しくて手を握りしめると変な感触があった。まじまじと手のひらを見つめてみると……
「これはさっきの鷺草じゃないか。いつの間に」
斜面を降りるときに無意識で引っこ抜いてしまったのか、私は鷺草をぎゅっと握りしめていた。すでに羽ばたくように白い清純な花は土で汚れしおれていた。無残にも土から切り離され、すっかり元気をなくしてうなだれていた。
その姿に、助けを呼ぶ夕凪の苦しそうな姿を連想してしまった。
「まさか……」
胸に不安が過る。
先ほどの人物
閉ざされた門
走り去る車
何もかもが嫌な感じだ。
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