屏風の向こうに 1

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屏風の向こうに 1

「夕凪……夕凪」 「あっ、おはようございます」  目覚めるとすぐに律矢さんがそっと額に手を当ててくれた。 「よし、もう平熱だな。どうだ気分は」 「……今日は気分がいいです」    あれから俺は高熱を出して三日感も寝込んでしまった。律矢さんはひたすらに看病に徹し、俺を困らせるようなことはなかった。それに夜遅くまでこの家に泊まり込み何か作業をしていたようだった。 「よし、起きてみろ」 「……はい」  肩を抱かれ起こされる。律矢さんの躰が近い。そう思ったら、もう何日にお風呂に入っていない躰が汗ばんでいて、気になってしまった。 「あの……そろそろ風呂に入りたいのですが」 「あぁちょうど沸かしてもらった所だ。さぁ一緒に行こう」 「……ひとりで行けます」 「まだふらつくだろう、ほら手を貸せよ」  律矢さんは困った人だ。最初は乱暴で強引なだけだったのに今はどこまでも甘やかしてくれる。だからなのか、もう悪い気はしない。 「一緒に入ってやろうか」 「いいです!」  そう思っていたのに、脱衣場でいきなり袷を剥かれそうになって、思わず赤面してしまった。 「そう照れるなよ。何度も裸を見せあった仲じゃないか」 「それはっ」 「この数日夕凪を抱くのを我慢していたんだから、今宵は思いっきり抱かせろよ」 「うっ」  なんとか断って独りでゆっくり入らせてもらった。熱もすっかり冷めて今日は頭がすっきりしている。今日なら頭の中の靄も晴れるかもしれない。思い出さなくてはいけないことがあるような気がしてならないんだ。 「ふぅ」  溜息と共に、温かい湯がさらさらと肌を通り抜けていく。 「夕凪いいか。着替えは俺がさせてやるから、あがったら知らせろ」 「……はい」  脱衣場に、再び律矢さんが戻って来た。  全く意思のない人形のような扱いで、俺はまた律矢さんの着せ替え人形になった気分だ。 **** 「えっ!俺にこれを着ろと言うのですか。むっ無理だ……」  驚いたことに着替えと称されて用意されていたのは、あの美しい京友禅の訪問着だった。 「なぁ聞けよ。今日は君を久しぶりに外の世界にへ連れて行ってやるよ。病み上がりのお前をここに残して出かけるのが、なんだか心配なんだ」 「外……? 一体こんな着物を着せて、何処へ連れて行くというのですか」 「俺の屋敷だ」 「いっ嫌だっ! それだけは」  即答してしまった。動揺して身体が震えている。あそこは嫌だ! 嫌な思い出しかない!  だってあそこは使用人にいびられ、大旦那の男妾のさせられそうになった場所じゃないか。あんな場所に再び戻りたくないし、それに俺はもう律矢さんに躰を開いてしまった身なんだ。どんな顔をして行けというのだ。  律矢さんは俺の答えを想定していたかのように、余裕の笑みを浮かべている。 「そう言うと思ったよ。大丈夫。誰にも知られないように変装していけばいい」 「変装ってまさか……これを着ろと」 「あぁきっと似合うよ、ずっと女装させてみたかった。なぁいいだろう? きっと似合うはずさ」 「無理だっ」  律矢さんが裸の俺の腰をぐいと抱き寄せてくると、ただでさえ湯上りで火照った躰がかっとなる。その手には長襦袢を持っている。  あっ……こんなことが前にあった?  俺は女物の着物を誰かに着せてもらったことを思い出した。  一体誰にだろう。  頭を押さえて考え込んでいると、律矢さんが怪訝な顔をした。 「夕凪どうした?」 「いえ……なんでも」 「さぁ、もういいから大人しく俺のいうこと聞けよ」  律矢さんの獰猛で強引な部分が出てくると、もう俺は逆らえない。  何を言っても無駄だと知っているから。
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