屏風の向こうに 3

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屏風の向こうに 3

 廊下の向こう側からこちらへ近づいてくる足音がした。襖の向こうでやがてその足音は停まり、話し声が聞こえて来た。 「こちらが夕顔の間でございます。どうぞお入りください」 「中に作家の薫氏はおられるのか」 「いえ……あいにく薫は不在でございます」 「なんだ残念だな。一体どんな人物なのか……まだ一度も会えたことがない」  どうしよう! 誰かがこの部屋に入って来るようだ。  俺は見つからないように屏風の奥へ更に奥へと躰をずらして息を潜めた。こんな女装姿を他人に見られるのは生き恥を曝す様なものだ。律矢さんは酷い人だ。俺にこんな姿をさせて、こんな場所へ置いてけぼりにするなんて。 「中をご案内いたしましょうか」 「いや……いい。一人でゆっくり見させてくれ」 「畏まりました」  襖がその声と共にすーっと開いた。  それにしても、この声は……どこかで聴いたような。  いや今はそれどころじゃない。本当に人が入ってきてしまった。どうやら中に入って来たのは背が高い若い男性のようだ。入るなり近くに展示されている薫の着物にじっと見入っている。そのまま長い長い時間をかけて一枚一枚の着物を眺めていっているようだ。  俺は狭い空間で息を潜めているせいか、だんだんと息苦しくなっていた。帯が胸に食いこんで肺を圧迫しているような気がして、冷や汗まで出て来てしまう始末だ。 「流石だな。薫の腕前ここにありといった感じで、悔しいが圧巻だ」  そんな独り言を言いながら、その男性は徐々に屏風の前の展示に近づいて来た。低く呟くその声……何故だろう、懐かしく感じるのは……  コトッー  その時、気を許してしまったのか、身じろぎした瞬間に小さな音を立ててしまった。  まずい、聞き逃してくれ。  そう願うのに、叶わなかった。 「そこに誰かいるのか」  まっすぐに屏風の向こうから厳しい視線を感じ、居たたまれない。 「……」 「誰だ?」  一歩また一歩、屏風のすぐ傍まで近づいて来てしまっている。  あぁどうしよう! こんな姿なのに、この男性は一体誰だ?   顔を背け、せめて顔だけは見えないようにしたい。  屏風を覗き込んだ男が意外そうな声をあげた。 「……ん…なんだ女か、薫氏本人かと思ったが違うよな。男性だって聞いているし」  時が過ぎるのがとてつもなく長く感じる。早くこの場から去ってくれ、そう必死に願うのに、その男はなかなか立ち去ろうとしない。 「あっ……すまないが、君の顔をよく見せてくれ」 「……」  とんでもないことを言う。それだけは出来ない。いくら綺麗に化粧してもらったって、男であることなんて一目瞭然じゃないか。俺が振り向かないで顔を着物に埋めるようにしていると、その男はますます凝視して来た。 「そっくりだ……似すぎている……まさかな」  何がまさかなんだろう。あぁもう早く出て行ってくれ。そう願うのに男は遠慮もせずに屏風の内側に、つかつかと入って来てしまった。    まずいっ! 逃げるしかない!  顔を伏せながらその男の横を入れ違いに通り過ぎようとした瞬間、腕をぐいっと掴まれ顎を掬われてしまった。  俺の顔を覗きこむ様に見た途端に、その男は目を見開いた。そしていきなりその胸にぎゅっと抱かれた。 「あっなにを!」 「やっぱり! 君は夕凪だ! 夕凪だろう? 」  その男は何故か……俺の名前を知っていた。
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