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第3章 プロローグ 行先のない旅 1
「夕凪行くな!俺を置いて行くな!」
「律矢さん……」
「俺はもう夕凪をこの腕で抱いてしまったから、何も怖くない。夕凪の躰に入り込み熱い交わりに溺れて、もう戻れない。だから頼む。俺のもとへ戻って来い」
「一体どうしたのですか。あなたみたいな人が何をそんなに恐れて?」
「さぁここだ」
その熱い想いと共に律矢さんの手が、俺の目の前に指し伸ばされてくる。その手を取ろうか迷っていると、今度はその横から信二郎の声がして来た。
「夕凪、待て!行くな!」
「宿で待てと言ったのに何故……そいつと行っては駄目だ」
「えっ」
「私と行こう、さぁ!」
二人の男性に同時に手を差し出された。
俺が取るべき道はどちらだ?
どちらの手を掴めばいいのか分からない。本当に分からない!
信二郎も律矢さんも、俺にとって大切な人になってしまったから、選べない……選べないよ。
もう……助けてくれ。こんな悩みや迷いから解放されたい。
これは夢だ。早く目を覚まさないと……絡みつくように伸ばされてくる手から逃れようと、必死に頭を振り躰を捩った。
その時ガタンと揺れた衝撃で、目に溜まっていた涙が溢れ、頬につーっと熱いものが一筋走って行くのを感じた。
あぁそうか……ここは汽車の中だった。
俺を乗せた汽車は、暗闇をまるで時を翔るようにひたすらに走り抜けて行く。
これは、行先のない旅の始まりだ。
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