行先のない旅 2

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行先のない旅 2

   京都の一宮屋を後にして、そのまま行先も決めずに汽車に飛び乗った。  律矢さん……信二郎……すまない。  二人の前に姿を現して、その胸に飛び込めたらどんなに楽だろうか。いや、そんな図々しいことは出来ない。俺がまさか一宮屋の息子ではなく、どこの馬の骨とも分からない出自だったとは晴天の霹靂だった。もう……とても二人に合わす顔がない。  そのことだけが心を押し潰すかの如く重くのしかかり、気が付くと膝の上に置いた手をぎゅっと血が滲む程強く握りしめていた。  出来るだけ遠くへ行こう。  俺のことを誰も知らない所で一から出直そう。ただそれだけを望んで、もうどの位の時間、汽車に揺られたのだろう。窓硝子の向こうには、いくつもの山や田畑……さらには街や海が通り過ぎていった。  あぁ俺以外の世界は何も変わっていない。なのに俺自身はこんなにも変わってしまった。  移ろいゆく風景を、ただ茫然自失の状態でじっと眺めるしかなかった。 ****  まただ……  この視線の意味を俺は知っている。何故俺なんだ?  車中で先ほどからずっと虫唾が走るような、躰にじっとりと絡みつく視線を浴びていた。  途中駅から四人掛け座席の向かいに座った軍服姿の二人が、ニヤニヤと俺のことを見ては厭らしい笑みを浮かべて囁きあっているのが気になってしまう。  性的な意味を帯びる不躾な視線は、不愉快なだけだ。  一体どうして……俺はどうして急に同性からこのように性的な目を向けられるようになってしまったのか。  あの日信二郎に抱かれてから体の中に何かが芽生えてしまったのか。それとも俺の中の何かが変わってしまったのか。信二郎や律矢さんに抱かれて心惹かれたことは認めても、誰でも言い訳ではない。それでは男娼ではないか。  俺のことをそういう目で見ても良いのは、あの二人だけだ。  ふっ……勝手な言い分だな。こんなこと信二郎と律矢さんの両方を望むようなこんな発言をするなんて、自分の考えていることが支離滅裂で嫌気がさしてくる。  やがて大きな駅に着いたようで乗客の多くが降りてしまい、車内は急に閑散とした。今のうちに席を替わっておこう。考えすぎかもしれないが危険は避けねば……そう思って立ち去ろうとした瞬間に足を引っかけられた。 「あっ!」  躰のバランスを大きく崩して、不覚にも軍服の二人に倒れるようによろけてしまった。すかさず男の両手が俺の腰を支えるように伸びてくる。 「おおっと危ないな。大丈夫かい」 「うっ……すいません」 「なぁ君、どこ行くの?こんな時間から一人で旅行かい? 見たところいい所の坊ちゃんのようだが、さっきから随分真っ青で思いつめた顔して……もしかして家出かな」  図星だった。その通りだ。俺には行く当てがない。だがそんな事につけこまれたくない。 必死に掴まれた手を払いのけようと体を強張らせた。 「あの……離して下さいっ」 「ははっ図星のようだな。なぁそう怖がるなって、俺たちが慰めてやるぜ」  俺の言葉なんて最初からないように扱われ、その手で両尻をじっとりと撫でられた。なんでっそんな所を……女でもあるまいし。 「へへっ恥ずしがってんのか、小振りで可愛い尻だな。それに本当に女みてぇに綺麗な顔してんな。洋装も似合って、そそられんな。こんな美人さんなら男でも酌をさせるのはうってつけだ。行く所がないならちょっと俺達と飲まないか」 「結構です。くっ……離して下さい」 「はははっ!ツンとしているところもそそるな」  起き上がろうとする腰を、再び両手でがっしり掴まれゾクリとする。その手がじわじわと尻を掴み、揉みこむように蠢いてくるので必死に身を捩って抵抗した。  こんな場所で……いい加減にしろっ!  軍服を着ているというのに恥も外聞もないのか。  どんなに躰を揺すっても男の逞しいその手に、俺の抵抗は簡単に封じ込まれてしまうので焦ってしまう。軍人だけあって力が圧倒的に強いのが分かる。 「いい加減にしろっ」  もう一人の男が顔を近づけてきた。必死に背けるのに顎を掴まれ阻止される。汽車の中は、さっきの駅で人がだいぶ降りてしまったので人気がない。こんな時間だからか……四人掛けの席には俺とこの男達だけ。  少し離れた場所にいる車内の人へ助けを求めようにも、皆寝たふりをしているのか、誰も目をあわせようとしてくれない。 「こいつツンとしているところもそそるが、俺たち軍人相手に少々生意気過ぎないか」 「なぁ次の駅で降りるから、こいつも連れて行こうぜ」 「あぁたっぷり可愛がってやろうじゃないか」  男達のそんな話し合いが俺を無視して進められ、泣きたいような情けない気持ちで心が真っ黒になっていく。酒臭い息でベロリと耳の中までじっとりと舐められて、その生ぬるい感触に気持ち悪くて吐きそうになる。 「嫌だ、冗談じゃないっ! もう離せっ」 「へぇー何様のつもりだ?俺たちに歯向かうつもりか」 「あっ」  突然すっと脇から取り出された小刀が頬にヒヤリとあたり、その冷たい感触に恐怖を覚えた。  嫌だ……こんなのは嫌だ。  信二郎や律矢さんから俺が逃げたのは、こんなことをされるためじゃない!  無言の時間が過ぎていく。早鐘のような胸の鼓動の音だけが鳴り響いていた。  危険を知らせるように……ドクドクと。 「おいっそろそろ駅に着くぞ」 「来い」 「嫌だっ」  そのまま立たされ降車口まで有無を言わせず連れて行かれてしまった。  間もなく駅に着く。  知らない駅にこんな風に見ず知らずの男達と降りるということが、どんなに危険を含んでいるか重々承知しているから抵抗したかった。だが屈強な男達に両腕を掴まれ刃物を突き付けられては、躰が震えるばかりで何も出来ない。  嫌だ……誰か助けてくれ!  心の中で必死に叫んでいた。  律矢さんっ信二郎っ   お願いだ。来てくれ! 来て欲しい!
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