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月影寺にて 2
「綺麗な女性だったんだ。この寺に身を寄せて来たあの人は……」
「女性? 」
俺の顔に似ているのは、やはり女性なのか。何となく嫌な予感がする。そういえば律矢さんも以前、俺に似ている女性に憧れていたと話していたのをふと思い出した。まさか同一人物ではないよな。
「そうだ、君の名前はなんというのだ? 君は……その……身元を示すものを何も持っていなかったから」
その時になって思い出した。汽車の中にトランクも上着も残したままだったことを。あの信二郎との思い出の筆も……二十歳の時に母から成人の祝いであつらえてもらった羊毛の入った上質なジャケットも全て汽車の中だ。あの汽車はもうとっくに東京に着いているだろうし、荷物の行方なんて確かめる術がないことに消沈した。
「俺は……」
果たして素直に本名を名乗っても大丈夫だろうか。大鷹屋の旦那が俺のことを探していると聞いた。万が一のことを考えて少しでも危険は回避したい方がよいだろう。本名は名乗るまい……それならばと暫し考えて『夕凪』という俺の大事な名前から『凪』を取って、こう答えるのがやっとだった。
「俺は……夕(ゆう)と言います」
「なんだって? も……もう一度言ってくれ」
「……夕ですが……」
そう答えると、流水さんの顔は一気に青ざめた。
「えっ……その名は」
その時襖がすーっと開いて、僧侶の姿をした涼やかな男性が入って来た。圧倒的に厳かな雰囲気を纏いながらも、優美な笑みを浮かべた一目で高僧だと分かる立ち居振る舞いに、呆気に取られてしまった。
「あっ湖翠(こすい)兄さん、丁度いいところに」
「あぁ流水(りゅうすい)待たせたな。今、廊下から話を聞いてしまったが、君の名前は本当に『夕』というのか。だがその名は……」
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