君を探し求めて 1

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君を探し求めて 1

「夕凪……一体何処へ」  どうして俺は夕凪に女装なんてさせて、あんな所へ置き去りにしてしまったのか。罰があたったのだ。嫌がる夕凪に理不尽な思いをさせてしまったから。  くそっ……俺の腕の中で再び抱きしめたい。愛し合いたい。血が繋がっているとか、そんなことは関係ないのだ。君は俺が求めてやまない人だから。  だが大鷹屋の周辺を探しても一向に行方が分からない。すぐにあの信二郎という絵師が住んでいた長屋にも行ってみたが留守だった。あの男が夕凪を攫い匿っているに違いない。何故かそう確信できる。この数日間寝る間も惜しみ仕事も放り出して、あの男の住まいの近くに張り込んでいた。  数日経った昼下がりのことだった。  もういい加減仕事にも差し支えるし、諦めて帰ろうと思い背を向けて歩き出したところ、長身の和装の男とすれ違ったのだ。  この男だ。あの日祇園で暴漢に襲われた夕凪を助けてやった時に出会った男だ。逃げられては困るので後をつけて、彼の部屋の中を窓越しにそっと伺った。信二郎は何やら慌てて荷造りをしているようだ。急いで当面の衣類などをトランクに詰め込んでいる。  これは一体どういうことだ。まさか夕凪を連れて逃げるつもりか。そんなことはさせるものか。信二郎が勢いよく通りに出て来た所を呼び止めた。 「おい、貴様一体何処へ行くつもりだ? お前だろう? 夕凪を連れ出したのは」  信二郎も不審げに、不愉快そうにこちらを睨んでくる。 「そういうお前は何者だ? 」 「俺はお前がさっきまでいた大鷹屋の律矢だ」 「くっ……あんたを見るのは、これで二度目だな」 「そうか」 「以前祇園で会ったな、そして自家用車で大鷹屋から出て来るところも見た。あんただな。夕凪を攫ったのは」 「ふっ……だったらどうなんだ? お前だって同じことをしただろう」 「何をっ」 「俺に夕凪を返せ! 」 「夕凪は私のものだ! 」  お互い襟元を掴み合い、睨み合った。  でもなにかが違う、しっくりこない気がした。  そうだ、夕凪は俺たちの所有物ものじゃない。俺達が勝手に夕凪の感情を押し曲げてはならない。冷静にそう思える自分が滑稽で、思わず自嘲的な笑みが浮かんだ。 「ふっ…」 「何がおかしいのだ。何故笑う? 」 「夕凪は……俺達のものじゃないよな。夕凪に選んでもらおうじゃないか。俺たちのどちらと進んでいくか…」 「なっ……」 「選ばれる自信がないのか」 「そんなはずはない」 「じゃあ案内しろよ。夕凪のもとへ。貴様が夕凪を心の底から愛しているなら出来るはずだ。夕凪が貴様を選んだ時は、俺は潔く身を引くよ」 「だが……あんたと夕凪は……いや、なんでもない」  言いかけた言葉を信二郎は飲み込んだ。夕凪の父が誰かということを、もしやこの男も知っているのか。だが諦められない。さっきの言葉は俺の本心だ。半分血が繋がっているという事実が重い枷になり、俺にはもう無理矢理夕凪を攫うことは出来ない。それでももしも夕凪がそれでも俺を選んでくれたなら、俺は地獄に落ちることになっても、夕凪を愛し抜く覚悟は出来ている。  だから……どうか会わせて欲しいのだ。
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