君を探し求めて 2

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君を探し求めて 2

「いいだろう。ついて来い」 「夕凪は今どこにいる」 「湖畔の旅館で私の帰りを待っている」 「どこの湖だ? 」 「※離湖だ」 「そんなに遠くにいたのか」  夕凪は京都からそんなに離れた所で信二郎と過ごしていたのか。道理で俺が必死に探しても見つけられないはずだ。 「分かった。俺の自家用車で向かおう」  一刻も早く駆けつけたかった。一刻も早く夕凪の姿をこの目で見たかった。 「はっ金持ちだな」 「なんとでもいえ。早く案内しろよ」  車の中で信二郎は無言だったが、聞きたかったことがある。 「お前は絵師だろう? 夕凪の家……一宮屋に出入りしていたのか」 「あ? あぁそうだ」 「そこで出会ったのか。お前と夕凪は」 「そうだ……私はずっと夕凪のことが気になっていたのだ。若旦那として接していたのだが、あの日から……」  そう言いながら信二郎は遠い眼をした。その視線の先は、旅館で信二郎の帰りを待つ夕凪の姿を思い浮かべているのだろうか。柔らかな表情を浮かべるのは、夕凪のことを想っているからなのか。  きっとそうだろう。夕凪は信二郎に抱かれていた。きっと何度も何度も……そう確信できる想いを、信二郎から俺は受け取っていた。  だが構わない。夕凪が信二郎と躰を重ねた過去があってもいい。それでも俺だって夕凪を求めている。水のように潤いを求めて、息苦しいほどもがいている。 「着いたぞ」 「あぁ、あの離れの一室にいるはずだ」  目の前には雄大の湖が広がる、和風の端正な造りの旅館だった。  いよいよ夕凪に会えるのだ。夕凪は俺と信二郎が一緒に現れたことにさぞかし驚くだろう。 「いよいよだな」  俺はふっと旅館の上に広がる空を仰いだ。淡い桜色から橙色への濃淡が重なった絵具で色付けたように繊細で美しい空が、どこまでも広がっていた。  あの空の向こうへ夕凪を連れて旅立ちたいものだ。誰にも邪魔されない所へ行きたい。 「こちらだ」  信二郎の後ろをついて旅館の長い廊下を歩いた。さらに離れへの渡り廊下へと……あの部屋に夕凪がいるはずだ。  俺はふと宇治の山荘で、夕凪を抱いていた日々のことを思い出していた。  仄暗い和室で夕凪を抱きしめた。夕凪が喘ぐ度に漏れる吐息が、耳を掠めくすぐったかった。明るい太陽の元でも庭先でも俺の求めるがままに夕凪は俺に抱かれていた。あの滑らかな肌、汗ばんだうなじに張り付いた少し長めの黒髪……もう二度とあんな美しい陽炎のような日は帰ってこないのか。  すべては夕凪に委ねる。  先ほど信二郎に告げた言葉に二言はない。  それでも……もしも俺の元へ帰ってこなかったらどうする?  そのことを想像すると、胸を掻きむしりたくなるほど苦しいのだ。 **** ※離湖とは……所在地 京丹後市網野町小浜。 離湖は湾や入江が、長年にわたる沿岸流や風の作用等により土砂で外海と分離された湖で、潟湖または潟と呼ばれるものです。平水時面積は0.36平方キロメートルで府内最大の淡水湖です。湖底には大型の淡水貝が生息し、湖岸にはヤナギ類が繁茂し、冬期にはカモ類が飛来する等自然豊かな湖。(サイトより引用)
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