君を探し求めて 5

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君を探し求めて 5

 夕凪を探し求めて一宮屋に行ってみたが、信二郎は新しい番頭と大旦那に、こっぴどく門前払いを食らってしまった。 「どうだった? 」 「取り付く島もない扱いだ! くそっ私のことを、しがない絵師だと馬鹿にして」 「そうか……なら今度は俺が行ってみる」  今度は俺が大鷹屋の若旦那という名をかざして、足を踏み入れてみることにした。店に入ると、今度は一宮の大旦那、つまり夕凪の育ての父親が猫なで声で迎え入れてくれた。現金な奴だ。 「これはこれは大鷹屋の若旦那さんじゃありませんか。一体なんの御用でこんな所まで」 「父の代理で来た。夕凪のことだが行方はまだ分からないのか」  こう言えば正しい情報が分かると思ったから、思い切って夕凪の名と父の名も出して脅した。 「そっそれが……この家には大鷹屋に行ってから戻って来てないもんで、全く行方が分からぬのです」  ヘラヘラとひきつった笑みで額の汗を必死に拭っている様子に、何故だか不信感を抱いてしまった。 「そうか。では、夕凪の使っていた部屋を見せてくれ」 「えっ? 何でですか」 「確認したいことがある。それともなにかやましいことでも? 」 「いやっそういうわけじゃ。でっでは家内に案内させますんでちょっとお待ちを」  そう言いながら店の奥へいそいそと夕凪の義父は入り、奥方とひそひそ話を始めたので、俺はそっと耳をそばだててみた。 **** 「おいっお前。本当に夕凪はここにあれから一度も戻っていないんだな」 「えっええ……そうです。戻って来てはおりませんっ。それというのもあなたが追い出したせいじゃないですか。あの子がこの家に入れなかったのは」 「まさか近くまで来たのか」 「きっ来ていません! 知りません」 「ならいいが……大鷹屋のぼんぼんがな、今えらい剣幕で来ていて、夕凪の部屋を見たいと言っているから、お前が案内してやってくれ」 「まぁ……なんで私が」 「わしゃあの男は苦手だ。何を聞かれても余計なことを言うなよ」 「分かりました」 ****  どうも怪しいな。あの女性……夕凪の育ての母は、夕凪の行方を何か知っているような気がする。 「あの……お待たせしました。ここがあの子の部屋です」  そう言って案内されたのは、一宮屋のニ階だった。 「へぇ……洋室なのか」  純和風の呉服屋の二階に、こんなにも本格的な洋間があるなんて意外だった。よく磨かれた焦げ茶色のフローリングに、高級ホテルなどでしか見かけないベッドが置かれていた。明るい窓辺には机があって、夕凪が使っていた文箱、本・スケッチブックなどが置かれたままになっていた。 「ちょっと失礼」  部屋の隅にある洋風の家具の観音扉を開けると、そこには着物がきちんと畳まれていて、そしてその上には空の衣紋掛けが揺れていた。  この着物は? ふと手に取ると、まるでついさっきまで着ていたかのような夕凪の香りがふっと鼻を掠めた。途端に会いたい気持ちが込み上げてきてしまう。 「この衣紋掛けには何がかかっていたのだ? 」 「あっそこには……」  夕凪の育ての母は気まずそうに顔を背けた。その目にはうっすら涙が浮かんでいることを、俺は見逃さなかった。 「教えていただけないか。俺は夕凪を助けてやりたいんだ。この不幸な運命から……大鷹屋の若旦那である前に、夕凪のことを大事に考えているのだ」 「え……何故ですか。大鷹屋の若旦那さんがそこまで」 「俺にとって夕凪は大切な人間なんだ。彼のことを助けてやりたいと思っているから、だから頼む! 」  不覚にも俺の目にも夕凪の行方を知りたい気持ちが高まり、涙が浮かんで来た。俺としたことが、こんな場所で泣くなんて信じられない。自分の涙に驚いてしまった。そんな俺の様子を見て、夕凪の育ての母は悲し気に微笑んだ。 「夕凪のことをそこまで思っていただけるなんて……あの子は大人しくてあまり友達もいなかったので嬉しいです。そうだったのですね……あなたは急に行かされた大鷹屋で心細がっていた夕凪の近くにいてくださったのでね。そして……本当に夕凪の親友に」  そう言いながら、机の上の写真立てを彼女は指さした。そこには仕立ての良さそうな背広を着た、今より少し年若い夕凪が母親と共に優しく美しく微笑んでいた。 「この背広はあの子が成人になったお祝いで作ってあげたのですよ。呉服屋なので和装ばかりなので、たまには洋装もと思って……これを着て……あの子は……うっうっ」  何かを話そうとしてくれる素振りを見逃さなかった。 「夕凪はどこへ行ったのです? やはり一度ここへ戻ってきたのでは……どうか教えてくれ!」
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