君を探し求めて 6

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君を探し求めて 6

「あの子は……あの子は」 「お願いです。話して下さい」  必死に懇願したが、夕凪の育ての母は首を横に振るのみだった。頼みの綱だったのに、まさか本当に行先を知らないのか。 「あの子は一度ここを頼って戻って来てくれたのです。なのに私は庇ってやれず、あの子自らここを去って行ってしまったの」 「なんてことだ! やはりここに一度戻って来たのですね。でっ行先は? 」 「分からないわ。私が出来たのはわずかなお金を渡すことだけ。あの子は重そうにトランクを持って、あの背広を着て遠くへ行ってしまったの。心配しなくても大丈夫だ、ひとりで生きていけると……寂し気に微笑んで」 「一体どちらの方向へ行ったのですか。見当はつかないのですか。他に親戚や夕凪が行きそうな所はないのですか」 「あっ……あれは駅の方向だったわ。あの子が向かったのは」 「駅か! すいませんっこの写真借りて行きます」 「えっええ」  俺は夕凪の机の上の写真立てを懐に握りしめ、足早に一宮屋を去った。 「おい! 何か分かったのか」  門を曲がったところで信二郎に呼び止められた。そうだ……この男も夕凪のことを探す身なのだ。恐らく俺と同じ気持ちで、夕凪のことを心から心配しているはずだ。  無下には出来ない。俺一人がこの情報は独り占めするわけにはいかない。 「夕凪の行先は恐らく駅だ。ついて来い! 」 「やはり夕凪は一旦、実家へ戻っていたのか……きっと私が急に旅立つ準備をしたからだ。私が夕凪の気持ちも考えずに一方的に話を決めてしまったから」 「信二郎……お前は夕凪と共にどこへ行くつもりだったのだ? 」 「それは……夕凪と誰にも邪魔されずに過ごせるところへ行くつもりで京を離れようと手筈を整えていた」  信二郎のそのセリフに、夕凪と過ごしたあの家での日々が思い出された。あの山奥の山荘で、夕凪を朝な夕なにこの胸に抱き過ごしたあの夢のような時間。信二郎が人知れず場所へ夕凪と移り住み、二人で過ごしたいと願うその気持ちは痛いほど分かる。  同じだ。  俺と信二郎は同じだ。  ただひたすらに夕凪を愛する男という点で。  どちらに分があるのか、今は分からない。それは夕凪が決めることだと分かっているが、俺の胸に再び飛び込んでくれないか。そう願わずにはいられない。 「ほら行くぞ、夕凪の写真を借りて来た。駅で手当たり次第に夕凪のことを見かけた奴がいないか聞いてみよう」 「あぁそうしよう」  何故か夕凪を挟んで対峙するはずの信二郎とこんな風に行動を共にしているのが、不思議だった。だが夕凪の身を案じる者同士、今は一致団結が必要だ! ****  澄んだ湖の底のような湖翠さんの瞳に、吸い込まれそうだった。 「夕凪は……もしかして誰かを待っているのか」 「湖翠さん、俺は……」 「いいんだよ。君には誰か好きな人がいたんだね、京都でかい? 」 「……その相手は……実は……男性なんです」  とうとう言ってしまった。もう……どうしても黙っていられなかった。胸の奥が苦しくて苦しくて、掻きむしってしまいたくなるほどだった。  驚かれると思ったが、湖翠さんは顔色ひとつ変えずに静かに頷いてくれた。 「そうだったのか。夕凪……君は会いたいんだね。その人に……可哀そうに。だからそんなに苦しんで」 「うっ……湖翠さん、こんなこと話して驚かないのですか。同性に恋しているなんて」 「いや確かにあの小さな赤ん坊が恋をする年頃になっていたことには、少しだけ驚いたが……相手が男性だからといって、僕には偏見はない。だから安心したまえ」 「良かった……でも」 「夕凪無理をするな。言いたいこと伝えたいことだけを今は話せばいい。ここはそういう場所なのだから。誰もお前を馬鹿にしたりしないのだから」  そう言いながら優しい手つきで俺の頬をそっと撫で、肩をぽんぽんっと叩いてくれた。その仕草に肉親から受けるような無償の愛を感じ、心が泣きそうになった。  こんな人と巡りあえるなんて。もう育ての親に捨てられ、蔑まれた汚い身上でしかないと思っていたのに……清らかな湖翠さんの手は、まるで俺を浄化してくれるようだった。その仕草に誘われるように、さらに心を悩ますことをとうとう打ち明けてしまった。 「湖翠さんに一つだけ聴いていいですか」 「なんだい? 」 「どうしても決められないことがあって……でも俺の躰は一つしかないから、どちらかに決めないといけない場合はどうしたらいいのでしょうか。一体俺はどこへ行けばいいのか。どこへ進むべきかが、本当に分からなくて……」  口に出した通りだ。  俺には選べない。  信二郎も律矢さんも大事なんだ。同じくらい。  本当にどうしたらいいのだろう。 「そうなのか。君は選択を迷っているのか」  湖翠さんは少し意外そうに、でもそれでいて何かを悟ったような表情を浮かべていた。
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