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君を探し求めて 8
「それで! その汽車はどこ行きだったのだ? 」
自分でも声が緊張のあまり上擦っているのが分かった。もしかしたら夕凪の行方が分かるのではと、その期待がどんどん高まっていくのを感じた。信二郎も隣で大きく身を乗り出していた。
「それは……東海道本線で、東京方面に向かっていたわ」
「そうか、で、君もその汽車に乗ったのか。この青年はどこで降りた? お願いだ! 教えてくれ」
「それは分からないの、ごめんなさい。私が降りる時には、まだ乗っていたこと位しか分からない」
「くそっ!それじゃ肝心の行き先が分からない」
「なぁもしかして東京に向かったんじゃないか。確か以前、留学時に知り合った友人がいるという話を聞いたことがあったから」
「そうなのか。そうか……そうだな。確かにその可能性が高いかもしれない」
ほんの少しの可能性でもいい。とにかく何か夕凪のために行動したかった。
「信二郎、東京に行くか。行ってみるか」
「あぁ今すぐに! 」
****
車窓の向こうには、田畑や街並み、山、海と、景色が次々と流れて行った。同じ景色を夕凪もこうやって眺めていたはずだ。そう思うと胸の奥が疼くように痛くなる。
一体君はどんな気持ちで一宮屋を飛び出て、どこへ行こうとしたのか。もしかして……もう大鷹屋との辛い縁を知ってしまったのか。そして私の元を離れている間に、この律矢という大鷹屋の若旦那ともきっと関係を持ってしまったのだな。この男の必死な様子を見ていれば分かる。私が抱いて開いた躰だった。あんなにも艶めいていた夕凪に手を出さなかったはずがない。
だがこの男性は君と半分血がつながった人間なんだ。君の兄でもあるんだ。そのことは私を苦しめたが、今は何も言うまい。まずは夕凪の無事を確認するのが先決だ。
汽車の車掌や売り子に夕凪の写真を見せては、律矢は懸命に夕凪の行方を捜していた。しかし何も手がかりを得ないまま、汽車は揺れ、俺達をとうとう東京まで連れてきてしまった。
駅の改札を抜け、ごった返す雑踏に途方に暮れてしまった。これでは何一つ行方が分からない。一体どうしたらいいのだ。友人の名前もちゃんと聞いていなかったことが悔やまれる。
「ふぅ参ったな。結局何も手がかりなしか」
「なぁ一応、落とし物や忘れ物を預かる保管庫に行ってみよう。何か掴めるかもしれない」
「そうか、そうしよう」
律矢の提案を素直に受け入れた。夕凪の行先が一向に掴めていなかったから、藁にもすがる思いだった。
「すいません。昨日到着した汽車の忘れ物を知りたいのですが…」
「はぁ? 忘れもの。そんなの山のようにあって、こっちもまだ処理しきれていないよ」
「それは、どこにあるのですか」
「ほらっこの棚だ。見てみろよ。和洋傘に帽子に風呂敷……あんたたちは何を忘れたんだ? 」
「良かったら直に少し見せてもらってもいいですか」
「いいけど、勝手に持ち出さないでくれよ。見るだけならまぁいいぞ」
「ありがとうございます」
許可をもらって、忘れ物が積まれた棚へと向かった。
何か夕凪の手掛かりはないだろうか。
私は何故そんなことを思ったのだろうか。
何故かずっと悪い予感がしていたのだ。
本来ならば無事に何事もなく東京に着いていたならば、こんなところに荷物を忘れるはずはない。なのにもしかして夕凪に何かあって、荷物だけが東京に流れ着いたのでは……そう思ってしまったのだ。
「何かあるのか」
律矢が風呂敷や日傘の山をガサガサと掻き分けて必死に探していた。声をかけると悲し気に首を振った。
「分からない。だが信二郎お前も感じないか。どうも……夕凪の香りがするような気がして」
「えっ」
言われてはっとした。そうだ! なんてことだ。確かに私にも感じる。まるで夕凪が近くにいるような……あの気高い花のような香り。
「これは……あまり良くないことかもしれない」
****
いつも夕凪の物語を読んでくださってありがとうございます!
この物語はフィクションにつき、当時の汽車事情など詳しく考証していませんので、事実と異なる部分も多々あるかと思います。どうかフィクションとしてご理解の程よろしくお願いします。
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