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君を探し求めて 9
「夕凪、君はまだひどく疲れている。そんな疲れた躰で、いろいろ考えすぎるのは良くない。さぁもう少し休みなさい」
湖翠さんにそう言われ横になっていたのだが、寝返りを打つたびに下半身がキリキリと痛んだ。その度にもう二度と思い出したくない忘れたい光景が蘇って来るので、布団を頭まで被り、自分の身を必死に守った。やはりまだ傷ついた躰が辛いのが正直なところだ。
そんな時ふと遠くから誰かに呼ばれたような気がした。
「夕凪……」
湖翠さん? いや違う。
この声は……夢か幻か……俺は夢を見ているのか。それとも空耳なのか。
不思議に思い部屋の窓をそっと開けると、庭先に桃色の花が見事なほどに満開に咲き誇っているのが見えた。
「……美しい」
荒んだ心に染み入るような優しい温かい色の花だった。何という花なのだろう。もっと近くで見てみたい。思い切って浴衣姿のまま中庭へと降り、改めて花を見上げると、花は手を高く伸ばせば届く距離に咲いていた。
少し背伸びをして手を精一杯伸ばして、花のついた細枝を俺の方へぐいっと引き寄せた。その甘美な花の香りに誘われ、そっと顔を近づけると、枝はヒュンッと音を立てしなって、元の位置へと戻ってしまった。
「あっ」
その瞬間に、花びらがふっと俺の唇をかすめていったのだ。
今は乾いて誰も潤いを与えてくれない俺の唇に……
「うっ……」
途端に雷に打たれたように、わなわなと躰が震えた。この感触は……
「君なのか……」
目を閉じて思い浮かべたのは、君と交わしたあの日の接吻。最初は唐突に求められた。俺はそれを受け入れ、次第に俺の方からも求め……それを繰り返し、熱く抱き合ったあの日々。最後には必ず宝物のように俺の躰を優しく抱きしめ、静かで情のこもった接吻をして眠りにつかせてくれた。
「……会いたい」
再び目を閉じると庭の奥から葉がこすれ合う音と共に爽やかな風が一気に吹き抜けたかと思うと、置き土産のように、ひらひらと二枚の花びらが頭上から舞い降りてきた。
そっと優しく……ゆっくりと。
まるで探し物をしているかの如く、くるくると回転しながら彷徨い落ちた花びらに、君たちのことを思い出さずにはいられない。どうしても堪え切れず、とうとう口に出して問いかけてしまった。
「信二郎……律矢さん……あなたたちは今どこで何をしているのですか」
俺を見つけてくれないか。
俺はここにいる。
ここに……いるから。
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