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君を探し求めて 10
「このトランクじゃないか」
信二郎が忘れ物の山から見つけ出した革のトランクには、持ち手部分に着物の端切れで作られたような名札らしき物がついていた。
「これは友禅じゃないか……しかも京友禅だ」
「あぁこれは京友禅の端切れだ。しかもかなり上等なものだな」
ひっくりかえすと名札には、2文字のアルファベットが綺麗に刺繍されていた。
『Y.I』
一宮夕凪のものだ。そうに違いない。夕凪は大学を卒業して数か月欧州へ留学したと聞いている。きっと留学する時に母親にお守り代わりに作ってもらったのだろう。手作りの愛情のこもった品物だった。
「間違いない。夕凪のものに違いない」
「あぁそうだな!」
信二郎も首を大きく縦に振った。
「あーあんたたち、この荷物を探していたのか。これさー困っちゃうんだよね。こんな大きな忘れ物して……聞けば、これを持っていた男は途中で列車を降りて戻ってこなかったそうだよ。それで東京までその車両に乗っていた人が、ここまで運んでくれたってわけさ」
「そうなのか! では、この荷物を運んでくれた人は今どこに? 」
「……さぁな」
「大事なことなのだ!この荷物の持ち主が今、行方不明になっていて。そうだ、この写真だ。この人の荷物だ! 夕凪は……大切な荷物を捨てて何処かへ行くような人間じゃないっ! 」
信二郎は形相を変えて、駅員に食って掛かっていた。
「待て待て! 分かったから! 落ち着いてくれ。えーっとどこだったかな? 大きな忘れ物だったから、届け主の連絡先をもらっていたような」
「すぐに探してくださいっ! その間に、トランクの中を確認してもいいか」
「ふぅ強引だな。本当は忘れた本人じゃないといけないのだが、事情がありそうだから特別だぞ。その間に探しておくから。ほらっここは邪魔だから、あっちの隅でやってくれ」
ゴクリと喉が鳴る。
このトランクの中に果たして夕凪の行方を示すものが入っているのだろうか。
「律矢いいか。開けるぞ」
「あぁ」
信二郎が器用に鍵を開けたトランクの中身は、几帳面な夕凪らしくない……ひどく乱れた様子だった。きっと急いで詰め込んだのだろう。その事情を物語っていた。当面の衣類、本、そして一番上に使い込まれた筆が置かれていた。
この筆は一体、何を意味するのだろう?
しかし衣類や本を確認しても……俺と結びつくものが何も入っていなかったことに、意気消沈してしまった。
もしかしてあの夕凪のために作ってあげた着物……せめて帯留めだけでも入ってないか。俺との思い出の品が入っているかもと淡く期待していたのだが、あの日夕凪の身に付けさせたものは、大鷹屋の展示会場で無残にも脱ぎ捨てられてしまっていた辛い想い出がまざまざと蘇って来てしまった。
うなだれる俺の横で……信二郎が筆を握りしめ、何か呻くように切なげに呟いた。
「……」
「信二郎……どうした?」
「この筆は……私との最初の夜の思い出なのだ」
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