君を探し求めて 13

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君を探し求めて 13

「ここか」  紙切れに書かれた住所をもう一度確認した。東京の本郷の辺りは大きな屋敷が続く、由緒正しい土地だと聞いている。確かに駅からここまでの道には豪奢な住居がずらりと並んでいた。  しかしここは二階建ての今にも崩れそうな木造住宅だった。もしかして下宿なのだろうか。さっきから若い学生が何人か出入りしている。 『須藤 海風』という表札を探して一軒一軒見ながら、ギィギィと軋む外廊下を歩いていくと、一番奥の木の表札の手書きの文字に見覚えがあった。  これか。豪快な達筆はこの紙切れに書かれた文字と同じだ。  ここだ。そう思った瞬間背後から声を掛けられた。  振り返ると、私よりも幾分背が高い体格の良い若い男が立っていた。短髪で精悍な顔立ちだ。颯爽とした雰囲気を持っていて悪党ではなさそうだ。 「あの…? 俺に何か用ですか」 「君が須藤海風くんか」 「そうですけど一体あなたは……あっ」  会話が途中で途切れたのは、おそらく彼が私の持っていた夕凪のトランクに気が付いたからだろう。 「そのトランク! なんであなたが持ってんだ? それになんでここが分かった? 」  彼は急に胡散臭そうな顔で睨んで来た。どうやら警戒されているようだ。 「あぁ失礼。私はこのトランクの持ち主の青年と知り合いで、京都から彼を探し求めて東京までやってきたんだ。やっと駅で忘れ物として届けられていたこれを発見して、君のことを聞いたわけだ」 「京都から……そうか。彼は……彼はそれでどうなった? 」 「やっぱり夕凪のことを見ていたのか。話してくれないか、列車の中で起きたことを」 「……彼は『夕凪』という名前なのか。ここじゃなんだから、中へどうぞ」  彼の表情がさっと曇ったことに、やはりなにか良くないことが起きた。そんな嫌な予感が的中しそうで心臓が騒めいた。 「……数日前のことなんだ。俺が静岡から友人と東京に戻るために列車に飛び乗ったのは。その列車の中で、このトランクの持ち主は」 ****  ガタンガタンと激しく揺れる列車の中、「ひっ」っと、小さな悲鳴を聞いたような気がして顔を上げた。  なんだ?  辺りを見回しても一見何も起きていないような状況だった。夜だったせいか座席には人もまばらで随分空いてた。だがそんな中電車後方の向かい合わせの席に男が三人も座っているのが妙に気になって、思わず腰を浮かせて覗いてしまった。  そんな様子に友人が俺の服の裾を引っ張って座らせた。 「おい海風っ、座れよ、お前さっきから何見てんだよ? 」 「いや、ほらあそこに座っている青年がさ」 「んっどれどれ。うひょーすげえ美人だな、って男にこんな表現変か」  ソバカス顔を歪めて能天気に笑う友人に、がっかりした。 「そうじゃなくて、あの人……もしかして目の前の軍人達に脅されてないか」 「えっそうなのか」 「なんか様子が変だ。俺、ちょっと行ってくる」 「おいっ! まずいぞ、やめておけよ」 「なんでだ? 」 「相手は軍人だ。肩章を見みろよ。結構位の高い上官だから、下手に騒ぎ出したらヤバイことになるぜ。軍刀も持ってるし」 「だが」  そんなやりとりをしていて目を離した隙に、青年と軍人達は駅のホームへと降りてしまった。 「ほら、もう降りちまったぞ。きっと軍人と知り合いなだけだろ」 「いや、違う! 」  窓越しに身を乗り出して覗くと……暗い駅のホームに軍人に囲まれて立っている青年の怯えた表情に胸騒ぎがした。慌てて俺も降車口に走ったが、その瞬間列車は速度を上げて再び動き出してしまった。 「おいっ大丈夫かっ!」  そう叫ぶ声は轟音にかき消され……戻ってみると列車内の座席にぽつんと残されたトランクに、やはり……と後悔の念が高まった。  彼は荷物も持てずに無理矢理引きずりおろされたのか。  何もないといいのだが……危険すぎる。  本当に男の俺でも目を奪われるような美しさだった。庇護欲を掻き立てられるような、世間に疎そうな清楚な雰囲気の青年だった。身なりも整っていたし一体なぜこんな時間に一人で列車に乗っていたのだろう。  トランクの足元には彼の乗車券が落ちていた。拾い上げると行先は東京だった。  やはり……くそっ。  盗人に奪われる前に、せめてもと思い、彼の持っていたトランクを手元に運んで来た。 「おい海風、それどうすんだ?さっきの青年のなのか。普通これは持って降りるだろう? まさか彼……ほんとに軍人に脅されていたのか」 「……わからない」  今頃になって友人も心配そうな顔を浮かべたが、もう手遅れだ。  列車はすでに遠くへと移動してしまった。せめてこの荷物だけは彼が行こうとしていた場所へ届けたい。  何もしてやれなかった、何も出来なかった自分がいやになる。俯きながら握った手にはいつのまにか跡が付くほど力がこもっていた。  何も出来なかった自分が恥ずかしいと思った。 **** 「……というわけさ。それで東京駅の着くなり荷物を届けたんだ。俺の連絡先を置いて来たのは、彼を探している人がきっといると思ったからだ。それが……あんただったんだな」 「いや私だけじゃない。とにかくその夕凪が下車した駅を教えてくれ」 「大船駅だったよ。実は俺もやはり気になって今から大船駅に行こうかと切符を買ってきたところだったんだ」 「そうなのか。その切符を私に譲ってくれないか。とにかく行かねばっ」  焦って上擦った声で、不躾なことをいきなり頼みこんでいた。だが居てもたってもいられない。こんな話を聞いてしまったから。  夕凪……お前はなんで私の元を去り、ひとりで電車に飛び乗ったりしたんだ。  私とじゃ駄目だったのか。お前みたいな美しい人が打ちひしがれてふらふらしていたら、格好の餌食になってしまうのに……くそっ。 「あんたさ、もしかして……あの青年の彼氏ってわけ?」  海風という青年が怪訝そうに私のことを見つめてきた。  あまりに真っすぐな視線に、どう応えるべきか一瞬怯んでしまった。
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