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第1章 紅をさす 1
時は大正、ここは賑やかな京の町。
祇園近くの道を出来上がったばかりの反物を抱えて歩いている私は、手描き友禅作家の坂田信二郎(さかた しんじろう)という。
つい先ほど紅系統を中心とした鮮やかな色彩の友禅を施した生地に、刺繍、箔置き、絞り染めといった技法を加えて、華やさを出した見事な反物が出来上がったばかりだ。
これは先日夢で見た暁色に染まった吉兆を映し出したく、吉祥文様を交えながら一心不乱に想いを込めて描いたものだ。
いざ反物として仕上がると、あまりに素晴らしい出来栄えで、我ながら惚れ惚れしたものだ。どこの呉服屋に持ち込もうかと考えた時、ふと京友禅の老舗『一宮屋(いちのみやや)』の若旦那の楚々とした笑顔が目に浮かんだ。
この呉服屋の若旦那は一宮夕凪(いちのみや ゆうなぎ)というまだ20代前半の若い青年で、女子のように整った美しい顔立ちに上品でたおやかな雰囲気を纏っていて、店へ行くと男なのについ見惚れてしまう存在だ。
私はそんな夕凪が何故か気になり、行く度にたわいもない話をして長居していた。夕凪の鈴のような軽やかな声が心地良い。機転の利いた会話を交わし、着物について熱く語り合うのも至福の時だ。
「やあ夕凪」
「あぁ信二郎。何か良い事があったような晴れやかな表情だな」
「そうなんだ。今日は良いものが仕上がったので持ってきた」
「そうか! ぜひ見せてくれ。お前が描く京友禅の世界は素晴らしいよ」
「ありがとう。これを見てくれるか」
夕凪の前で包みを広げると、すぐに感嘆の声があがる。
「これ……何だか凄いな」
「知っているか。この着物は着た人を幸せにすると言われている吉祥文様なんだよ」
「へぇお前も随分と浪漫チックなこと言うんのだな。そんなのは迷信だろう?」
夕凪はその品の良い顔を、睡蓮の花のようにふわっとほころばせ優しく微笑む。
その笑顔に思わずドキリと見惚れてしまったことを悟られたくなくて、慌てて取り繕うように会話を続けた。
「そうとも限らない。じゃあ夕凪が試しに仕立ててみたらどうか」
「なっ!お前っ阿保か。これ女物の反物だぞ?」
「関係ない。そんなことは。君なら似合いそうだし」
「ははっ! 面白いこと言うな。ただの堅物の作家かと思っていたが」
そう言いながら着物を畳に広げてうっとりとしばらく見つめた後、夕凪は満更でもないといった悪戯な笑みを浮かべた。
「いいよ。仕立ててみよう。だが誰かに見つかるとまずいから、お前が採寸してくれよ」
「えっ!」
夕凪の躰を、私が採寸?
思わず声が上ずってしまう。
「うん、そうだ。ここじゃまずいから店の奥の控室にいこう」
そう言って私の手首を掴む夕凪の指はひんやりとしていて細く綺麗だった。
「じゃあいいか……」
「あぁ、しっかり測ってくれよ」
遠慮がちに測ろうとすると、夕凪が躰を密着させてくる。
「おいっそんなに離れていては誤差が出るだろう? 顔が赤いぞ。どうした?」
「なっなんでもない」
控室で私は夕凪の躰を隈なく採寸した。
採寸する度に夕凪の腰が男にしては細いこと。私より背が少し低く、躰全体が私よりずっと華奢な造りであることなど、いろいろなことを改めてじっくりと確認してしまった。
ずっと触れてみたかった首筋。細い手首が間近に見えると、興奮してくる自分に驚いた。
「ふっ……男が男に採寸されるのは緊張するものだな」
長い睫毛を伏せ呟く細い首には、女のようで女ではないことの証の喉仏が小さく上下していた。
私は一体。この感情は何だ?
相手は男なのに……無邪気に微笑む夕凪は、いつも以上に麗しくて眩しい。
この人に絵を描くように化粧を施したら、どんなに美しく色づくことだろう? そんな変な欲求がどんどん湧き上がってくるのを何とか追い払って平静を装うのに必死だった。
「ふぅ測れた。私の馴染みの仕立屋に出しておくよ」
「いつ出来る?」
「そうだな一週間後には。完成したら私の前で一度着てくれよ」
「えっこれを君の前でか」
流石に今度は夕凪も顔を赤く染めた。
「あぁぜひ見せてくれ。君は呉服屋の若旦那なのだから、いろいろ経験しておかないと。女性の着物の着心地もさ」
「わっ……分かったよ。でもこんなことして良かったのか。折角お前が作った自慢の反物だったのに。俺に合わせて仕立ててしまったら申し訳ないな。もう……売り物にならないし」
「そんなことない。これは夕凪に似合いそうだ。私がそうしたかったのだから気にするな」
「そうか。でもなんだか照れるな。絶対に秘密にしろよ! 番頭に見つかったら呆れられるから。全く何でこんなことになったのだか」
ぶつぶつと文句を言う夕凪と、暫し世間話をして別れた。
彼に女物の着物姿か。きっと、さぞかし似合うだろう。よく考えたら、これは夕凪に女装をさせるという事になるのか。そう思うとなんだか楽しい気持ちになった。
気になる美しい彼の美しい女装姿を想像すると気分が高揚してくる。
あぁ一週間後が待ち遠しい。
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