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夜空に描く想い 6
「夕凪いいか。絶対に寺の敷地から勝手に出るなよ」
「それは……流水さん心配し過ぎですよ、いくらなんでも……俺も男ですし」
そう言いながら軽く笑顔で受け流すと、流水さんが意外そうな顔をした。
「あの? 何か……」
「いや、お前もやっとそうやって少し笑ってくれるようになったのかと思うと嬉しくてな」
「えっ」
そんなに長い間笑っていなかったのか……俺は。
それもそうだ。いろんなことが一気にありすぎた。
「湖翠兄さんもそう思うでしょう? 」
「あぁ……そうだね」
少し戸惑った湖翠さんの様子。そして流水さんはいつも大らかで明るい。その明るさをいつも湖翠さんが眩しそうに見つめていることを俺は知っている。月影寺の二人の兄弟は、まるで月と太陽のように性格も見た目も違っていた。
それにしても久しぶりの外出だ。寺の庭の中だけとは言っても、かなり広そうなので楽しみだ。買ってもらった筆や染料、それからデッサン用の鉛筆にスケッチブックなどを詰めた鞄を持って、出かける準備も万端だ。
「夕凪待てよ。ほらっ陽射しが強いから、これ被って行け」
男性用の小振りな麦わら帽子を流水さんが持ってきて、被らされた。そうか……気が付けば季節は次々と廻りもう初夏になっていた。
「これじゃまるで子供みたいじゃありませんか」
「ふっ似合ってるよ。夕凪は年よりずっと若く見える。そうやっていると、まだ十代の少年のようだ」
「まさか! 俺はもう二十三歳ですよ」
「いや……まだ二十三歳だ。ほらっあと飲み物も持っていけよ」
ずしっと重たい水筒まで渡される始末だ。まったく手取り足取り世話をされて恥ずかしくもなるが、もし俺に兄がいたら、こんな感じだったのだろうか。そう思うとありがたくその好意を受け取ることが出来た。
「ありがとうございます。では行ってきます」
躰の傷も癒えたせいか、一歩踏み出す足取りが軽かった。それとも昨日溜まっていた熱を外に出せたせいなのか、少し躰が楽になっていた。
湖翠さんが急に部屋に入って来た時は驚いた。気が付かれなかっただろうか。恥ずかしいことをしてしまった。でも……もう熱を持て余してどうにもならなかった。
本当に俺は、どうしようもない。
それにしても月影寺の敷地は広大だ。見上げるほど大きな樹の下には、緑の濃淡の世界が広がっていた。風が吹き抜ける木漏れ日の中、射し込む光が集まったり離れたりと、まるで生きているように、蠢いてみえた。
豪快でいて繊細な庭の草花。
さわさわと吹き抜けていく風に、自然と京都の庭を思い出していた。あの庭に咲いていたのは確か鷺草だった。この月影寺にも咲いているのだろうか。
白き花が見たい。
穢れなき白き花を。
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