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『ふふ、池に行かなくてよいのか? 行くのならば日の高いうちに行っておいで』
「…行って参ります。…叡雅さんは」
『そうだな、縄張りを見て回るのは、明日でも何ら問題ない。気にせず行っておいで。此処で待っていよう。幸い、書物ならば数多有る』
気を、使わせてしまった。申し訳ない。けれど…どうしよう、嬉しい。おかしくなってしまったのだろうか。
「すぐ、戻って来ます」
『ああ。池に落ちぬよう気を付けて』
庭に降りて池に向かう。屋敷の敷地の外に沢山小鳥が止まって囀り、こちらを見る。
…今日はお外には行かないの。叡雅さんがね、待っていてくださってるから。私をね、待っていてくれるの。むずむずするな。
小鳥に手を振って池まで駆ける。水面を鏡に、叡雅さんが結ってくださった髪を見てみる。
とてもとても、綺麗。私には勿体ないほど。
しばらく角度を変えたりして、眺めていたら鯉が飛び出してきた。
あまりに驚いてしまって、後ろに転ぶ。…衣が汚れてしまっただろうか。確認が難しい。
「…帰れ、ない?」
『─────それならぁ、妾のところにいらっしゃいな♡』
「っ、ひ」
や、なんで…やだ……。
『んふふ♡ たくさぁん愛してあげるわ? 叡雅よりもぉ、たくさん♡』
垂れた目がゆっくりと弧を描いて私を見る。怖い。首を横に振って後ずさった。
『んもぅ。逃げないでぇ?』
困った様に小首を傾げて見下ろす。その口元には隠しきれない愉悦が滲んで、けれどそれがまた美しい。やはり、お似合いだと思う。
けれど。
けれど叡雅さんは、愛してくださると仰ったから。きっと…大丈夫…。
「っ、申し訳ありません。行けません」
確かにこのままだと帰れない。屋敷の中が汚れてしまうから。でも、脱いで持っていけばいい。
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