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「大事な、時期なのですか?」
『そうだろう? やっと感情を覚え始めた。しかし、まだまだ不安定で、揺れ動きやすいだろう? そこに傾月は毒が過ぎる』
それにまだ、其方は完全に堕ちた訳では無いゆえ。
小声で呟いた言葉は私の耳には届かなかった。
『ふふ、ふふふ♡ 憐れ。本当に憐れね。絡め取られて、それにも気付けないなんて…。きっと、とても、幸せなのでしょうね』
しあわせ。
高くて、すっと染み込むような声が脳を犯す。
『愛されて、愛されて。大切に愛されて、窒息してしまう程愛されて。あぁ、なんて、なんて、しあわせ。叡雅は恐ろしいけれど、その分、淡雪ちゃんには甘いのね。安心して♡ 何も、何も恐れることなんて無いわ? 大切に、そう、大切に、愛されていなさいな』
頭が霞む。しあわせ。
しあわせって、しあわせは、
『淡雪…帰ろうか。愛おしい子』
『んふふ、淡雪ちゃん。大丈夫よ、叡雅が親というのなら、妾は母親にでもなってあげましょうか。…んもぅ。そんなに睨まないで。何も叡雅から取ろうとは思ってないわ。ただ、そうねぇ。この憐れな子を、愛してあげようと思っただけ。必要でしょう? この子を愛する存在は、まだ、足りないでしょう?』
細い指が、頬に触れる。ふわりと花の匂いが香る。
『ね、叡雅。来てもいいでしょう? …憐れな子は好きよ。好きだけれど、淡雪ちゃんって、あまりに知らなすぎるのだもの』
『…淡雪は、どうしたい?』
どう…したらいいのか。
「わかりません…」
目から手のひらが離れて、少しずつ目を開く。
朗らかに笑む傾月さんが目の前に居て、少しだけ驚いた。近かった。
『ふむ。嫌では無いのか…。しかしな、傾月よ。何がしたい』
『えぇー? 妾はただぁ…好みに育てたくて♡』
『…要は、知識をつけさせ、教え、その上で落としたいと? …はは、させぬよ。まあ、側につくのは許してやろう』
『んふ♡』
なんだか、よく分からないけれど。傾月さんが、生活に加わるらしい。
『それじゃあ、今日からよろしくねぇ。淡雪ちゃん♡』
…やって行けるのかな。
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