第一章 鋼持つ勇者

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第一章 鋼持つ勇者

 供龍島(くりゅうとう)  日本列島は千葉県、九十九里浜沖南東約500キロメートルの海上にこの島が発見されてから、そろそろ半世紀になる。  発見当時は〝海底大隆起〟などとニュースになったが、その後世界中の研究機関の調査が入るも目新しい発見はなく、隆起の原因も不明のまま居住可能な都市として開発が進められた。  多くの謎を残しつつも今では海洋資源運用の要所として、また最新技術を組み込んだ都市開発のモデルケースとして、世界に受け入れられている。  交通機関、通信網、水や電気等のライフライン等、元々ある古い都市を開発するのでは構築の難しい先端技術で組み上げられた近未来都市。  北側には島と本土とを繋ぐリニアラインの駅、中央には各種企業のオフィスと研究機関の施設。  西側には居住区、南側には商業施設や娯楽施設、東側には空港と大使館等の国外向けの施設が集中している。  その内の居住区の一角にあるのが、島内唯一の教育機関である私立 狩尾(とがのお)学園。  初等部から大学部まであるエスカレーター式の一貫校で元は島内の研究機関や関連企業に就職する人材を育成する目的で運営されていたが、今では学業だけでなく各種スポーツなどの部活動も非常に盛んである。  この物語の主人公、紅月 竜斗【くづき りゅうと】が所属する剣道部もまた、その内の一つである。  早朝、時間は7時45分を少し過ぎた頃。  狩尾学園の武道場には竹刀を打ち付ける乾いた音と、部員達の気迫の籠った声が鳴り響く。  高等部から大学部まで総勢五〇人近い部員が、防具を身に付け二人一組で全力で竹刀を斬り結ぶ。  その中でもひと際激しく竹刀を交える一組がある。  高等部二年の竜斗と剣道部部長、大学部二回生のラファーガ=ヘルムホークだ。 「どうした! 踏み込みが浅いぞっ!」 「まっだまだぁ!!」  日本人の高校生としては恵まれた体格で体当たりでもしかねない勢いで打ち込む竜斗と、北欧人特有の長身と体格の良さで人よりやや長めの竹刀を軽々と操り竜斗をあしらうラファーガ。  恐るべきは両手でしっかりと構え打ち込まれる竜斗の打突を、ラファーガは右腕一本で構えた竹刀で受けている。  実力もそうだが、それ以前の筋力や基礎的な部分で両者に開きがあるのは誰の目にも明らかだろう。  決して竜斗が弱い訳ではない。むしろ高等部では抜きん出た実力の持ち主で、去年のインターハイも一年ながらレギュラーとして出場したほどだ。  だが如何せん、相手が悪い。  ラファーガはそんな竜斗を子供と遊ぶように軽々と相手し、息も切らさず汗一つ見せない。 「この調子ではまだまだ負けてはやれんぞ、紅月」  片腕で振っているなど、目の当たりにしても信じられない強力な打突を繰り出すラファーガ。  普通なら打突の衝撃に握力が耐えられなくなりそうなモノだが、むしろ手が痺れて来ているのは竜斗の方だ。 「──っの化け物め」  消耗戦は不利、しかし無謀に突貫しても返り討ち。  今はいつか見せるかも知れない僅かな隙を探しつつ、攻め切られない様に攻撃を続ける他ない。  高等部に進級し、大学部の部員とも竹刀を交える様になって早一年。  二年に進級し挑んだ試合数も数えるのもバカバカしくなる程だが、未だに一度として勝てた例しがない。  そんな中、練習とは言え試合中だというのに、ラファーガの視線がほんの一瞬だけ竜斗ではない別のモノへ向けられる。  竜斗の後方、ラファーガ視線が捉えたのは武道場の壁面に設置された大時計だ。  練習を切り上げるタイミングをとる為に時間を確認する為の動作。  無論ラファーガの行動も、なにも緊迫した打ち合いの最中の事ではない。  竜斗の間合いから離れたと確信していたからこその、一瞬の油断。  しかし竜斗にとっては高等部進学初日からほぼ毎日続けてきた大事な真剣勝負の一瞬、練習とはいえ勝負は勝負。  一瞬とはいえ相手の注意が自分から逸れるという千載一遇のチャンスを捨てる理由など、竜斗の辞書には存在しない。 (今だっ!)  本来であれば届かない間合い、だがそれは剣道でいう一息、或いは一足での話。  竜斗は全身の筋肉をバネに飛び込み、というよりはもう跳躍と言う方が適切なくらい全身全霊、玉砕覚悟の一太刀。 「でぇぇぇりゃぁぁぁっ!!」 「悪くない、が……」  竜斗の竹刀がラファーガの面を捉えたかに見えたその瞬間、その姿が竜斗の視界からかき消え代わりにズンッと響く重い衝撃が腹部に襲いかかる。 「まだ足りんな」  遅れて視線を動かした竜斗が見たのは、竜斗の竹刀をかいくぐる様に身を屈め腹部の防具〝胴〟を薙ぐ様に竹刀を振り抜くラファーガの姿。  剣道において〝抜き胴〟と呼ばれる、打ち込みを掻い潜って打つカウンターの一種だ。  通常は打ち込んできた相手の左側、自身の右側に身を避けながらすれ違い様に胴を打つ為、竹刀は自身の左から右に振り抜く事になる。  それに対してラファーガは竜斗の身体を避けず正面から迎え打ち、竹刀を右から左に振り抜く所謂〝逆胴〟でカウンターを成功させた。  斬り抜ける事を目的とした通常の〝抜き胴〟に対し、真正面から力をぶつける〝逆胴〟は純粋に威力が跳ね上がり、結果としてほとんど宙に浮いていた竜斗の身体を大きく後方へと弾き飛ばす。 「──っかは?!」  文字通り胴切りにされた様な衝撃と背中から無防備に落ちた衝撃で肺の空気を全て吐き出し一時的に呼吸困難に陥る竜斗を他所に、他の部員達は自分の勝負を続けている。  詰まる話これが日常風景であるという事であり、この剣道部の激しさを物語っていると言える。 「よし、それまでっ! 全員整列しろっ!!」  竜斗が動けなくなったのを頃合いと見て、ラファーガが号令を掛ける。  号令に従い慌ただしく整列する部員達を尻目に、痙攣する肺に酸素を送り込もうとして果たせず竜斗は代わりに自らの意識を手放した。
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