第一章 鋼持つ勇者

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「「「おつかれっしたぁ~!!」」」  剣道場に響く部員達の声、時刻は午後の6時30分。  早朝練習よりも更に激しい部活動にフラフラになりながらも、部員達はテキパキの剣道場の掃除や道具の片付けを進める。  完全下校時刻である午後7時を超えて校内に残っているとペナルティがある為、皆それまではゆっくりもしていられない。  竜斗や獅己も同様に手早く自分の分担の清掃を終え、汗だくの胴着を制服に着替えて足速に校門を目指す。  ちなみに初等部から大学部までの校舎や各施設を内包するこの狩尾学園はそれなりに広く、剣道場から校門までは徒歩約10分と言ったところだ。  そんな校門までの道すがら、何処と無く聞きにくそうにに問いかけてくる獅己。 「そういえば今朝の話、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないか?」 「今朝? ……なんだっけ?」  朝から焦らされた為か逆に聞き難そうに話を切り出す獅己とは裏腹に、肝心の竜斗はまるで思い当たる節がないとばかりにとぼけている。 「今朝、輝咲さんのことを気にしてたじゃないか。随分と失礼な事も言っていたけど、ね」  竜斗の態度が癪に触ったのか、獅己の口調にムッとしたニュアンスが混じる。  「きざき? キザキ……輝咲……っ?!」  名前を聞いてもまだ思い至らないらしく、口に出して反芻していく竜斗。  直後、今朝教室で体験した不穏な気配を思い出し、再びゾクリと背筋に悪寒が走る。  鎌首をもたげた蛇が首筋を狙っている様な、そんな不安を煽る妙な気配。  同時に思い起こされる、教室の一角に影を落とし込んだ様な暗い印象の女生徒。 (なんで忘れてた? 何がどうなってやがる?)  一瞬でも命の危機を感じる程の気配、そんな気配の元凶かもしれない相手が一日同じ教室にいたのだ。  普通に考えれば気にはなって勉強など手に付かなくなりそうなモノだが、逆に竜斗は授業が始まると同時にそんな事綺麗さっぱり忘れていたのだ。 「ちょっと普通じゃないね、何があった?」  流石に様子のおかしい竜斗を心配し、考え込んだまま俯いて動かない親友の顔を覗き込む獅己。  しかし、竜斗にそれを気にしている余裕は無い。  何故なら俯き自問する竜斗の首筋を今朝も感じたあの悪寒が再び襲い、反射的に振り返った視線が夕焼けに照らされた校舎の窓からこちらを見下ろす輝咲 碧の姿を捉えてしまっていたのだから。  校舎から北側の校門に通じる広い並木道、部活動を終えた学生達がまばらに歩くその道から見て正面の校舎。 (あそこは……図書室……だっけか?)  普段は滅多に立ち寄らない教室の配置を記憶の隅から何とか手繰り寄せながらふと、同時に至極当然な疑問が思考を過ぎる。  この狩尾学園は初等部から大学部までの校舎と、体育館や運動場など必要な施設を詰め込んだ広大な敷地を持つ学園だ。  普通の学校の様に校門をくぐれば目の前が校舎、なんてことはなく竜斗達のいる並木道と校舎の間には武道場とグラウンドがあり、彼我の距離はおよそ1キロメートル前後。  極一般的な視力しか持ち得ない竜斗では、とてもではないが個人を特定出来る距離ではない。  にもかかわらず、竜斗は窓際から見下ろす少女、輝咲 碧と目が合ったと感じたのだ。  根拠はないし説明も出来ない、今も目を凝らした所で肉眼に写るのは夕日が反射する窓だけで人影など見えようはずがない。  まして顔などとてもではないが判別出来る距離ではないのだが、それでも竜斗はその人影を件のクラスメイトだと認識出来た、気がしたのだ。 「なぁ……輝咲の事なんだけどよ、図書委員とかだったりするのか?」 「……確かそうだったと思うけど」  自分の質問にはほとんど答えず一人で勝手に話を進める竜斗の視線を追う様に、獅己もまた校舎の方へ視線を向けながら答える。 「流石にこの時間だし、もう帰ってるんじゃないかな?」  追いかけた視線の先に図書室があるのに気付いたのか、夕焼けの眩しさに目を細めながら竜斗の発言を先読みして言葉を続ける。  その視線には窓際に立つ人影など映ってはいない。 「だよな、俺達だってもうギリギリだ」  刻一刻と近付く下校時刻、二人がいる並木道も既に他の生徒の姿が見当たらなくなって来た程だ。  一般の生徒であれば既に下校していると考えるのが当然だ。 「けど、間違いなく今、輝咲は図書室にいる」  無論、教職員に何らかの用事を頼まれていたり、忘れ物をしたなどのイレギュラーがあれば話は別だろうが。  新学年が始まって間もないこの時期に教職員が生徒を下校時刻を超過する程の用事を頼むとは考えにくいし、忘れ物をしたのなら窓から外を見るのも変だ。 「上手く説明できねぇけど、輝咲は俺の事を見てた……んだと思う」 「仮に誰かが窓際に立っていたとして、それが誰か特定するなんて無理だよ。いくら何でも遠すぎる」  視線を校舎から竜斗へ移し、諭す様に告げる獅己。  しかし竜斗の視線は校舎に向けられたままで、全身に纏う空気も真剣さが増していく。 「解ってる。自分でも変な事言ってる自覚はあんだよ」  左肩に引っ掛けていた通学鞄代わりのリュックサックを背負い直し、顔だけを隣の獅己の方へと向ける。  その表情は普段竜斗が見せるどんな表情より真剣で、それこそ格上相手の剣道の試合に赴く時の様な鬼気迫るモノだ。 「多分だけど、今朝も同じ様に見られてたんじゃねぇかって思ってよ」  余りの迫力に一瞬言葉に詰まる獅己を置いて、竜斗は輝咲 碧がいるであろう校舎へ向けて歩き出す。 「悪ぃ獅己、そんな訳だからお前は先に……」 「先に帰ってろ、なんて言わないよね?」  戸惑いは一瞬、竜斗の言葉に自分の言葉を重ねて遮り、獅己もまた校舎へと歩き出し竜斗の隣に並ぶ。 「今の竜斗を放って置いたら、翌朝にはWEBニュースにでもなってそうだからね」  意地悪い笑みを浮かべながらそう続ける獅己に、自然と身体の緊張が解れるのを感じる竜斗。 「人聞きの悪ぃ事言いやがって、別に喧嘩しに行く訳じゃねぇっての」  竜斗の返す悪態に調子が戻ったのを感じたのか、どちらからともなく視線を合わせ、頷き合い校舎へ向けて同時に走り出す。  学園各所に設置されたスピーカーからは、最終下校時刻を告げる校内放送の自動音声が流れ始めていた。
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