夢うつつ

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「話があるの!だから放課後時間作って欲しい!」 昼休み、弁当を食べようとしていた俺を、教室から無理矢理連れ出して、幼稚園から腐れ縁の奈緒は、やけに早口でそんな事を言ってきた。 「あー、今日は塾があるから。塾が終わったらお前の家まで行くよ」 奈緒とは付き合いも長いから、家族同士も仲がいいし家も近い。放課後に時間が合わないなら、塾が終わってから、俺が奈緒の家に行くのが手っ取り早い。 「…じゃ、じゃあ、塾が終わったら、星見公園に来て。私、そこで待ってるから」 「この寒い中、公園なんかで待たせたらお前風邪引くだろう。俺が家まで行くから…」 「いいの!ちゃんと風邪ひかないように、いっぱい着込んで行くから!だから、星見公園に来て、絶対だよ!」 最後は俺の返事も聞かずに、奈緒は一方的に言って走り去ってしまった。 「一体何がしたいんだ、あいつは…」 家じゃ都合悪い話でもするのか?それってどんな話だよ………って、もしかして……いや、まさか、そんな…… ないよな!ないない! そんな都合のいい展開になる筈がない! でも、あんな余裕のない奈緒は初めて見た。だからもしかしたら本当に、俺の自惚れでも勘違いでもなく、奈緒は俺のこと…… 「ないない!」 俺は自分に都合のいい考えを振り払うように、頭を左右に振って、それから頬をパンパンっと両手で叩いた。 それでもなお、仄かな期待に、顔は少しだけ緩んでしまっていた。 …早く夜にならないかな。 あー、塾なんてサボってしまえば良かったかな…。 午後はずっとそんな事を考えていて、授業は一切頭に入って来なかった。 塾での授業が終わると同時に、俺は教室を飛び出して、小走りに奈緒の待つ星見公園へと向かった。 こんな寒い中、たとえ僅かでも、長く待たせたりなんかさせたくない。待たせたくないけど、せめて温かい飲み物でも買って行こうか?そんな事を思い立ち、途中自販機で、奈緒の好きな紅茶を買った。それをコートのポケットに突っ込んで、俺は小走りではなく、本格的に走り出した。 暗くなった公園には、奈緒が一人、ベンチに座っていて、寒そうに手を擦り合わせて息を吹きかけていた。 あのバカ、手袋くらいして来い! 俺は奈緒の元へと駆け寄って、ポケットから紅茶のペットボトルを取り出して、奈緒の手に持たせた。そして、走って来て乱れた呼吸を整えた。 これくらいで息が上がって情けない…。筋トレで始めないとな…。 「航…もしかして塾からずっと走って来たの?」 奈緒は、俺が渡したペットボトルで手を暖めながら、嬉しそうなに笑った。 「ありがとう。ごめんね、忙しいのに、こんな所に呼び出して」 「いいよ、別にそんな忙しくなんてないし。それに、待ってる奈緒の方が寒かっただろ?」 俺は自分のマフラーを外して、奈緒のマフラーの上から、更にぐるぐると巻き付けた。 「これじゃ、航の方が風邪引いちゃうよ」 「…走って来て暑いから平気だって。それより……話ってなんだよ」 俺がそう切り出すと、奈緒は少し顔を赤くして、一度俯いて、それから気合いを入れるように頬を叩いて、そして勢い良く立ち上がった。 「航の事が好きです!付き合って下さい!」 どこか震える声でそう言って、奈緒は深々と頭を下げた。 男らしい… 心の中でつい、そんな事を思ってしまった…。本来俺がやるべき事、言うべき事を全てやられてしまった感じで…。 本当は俺から告白したかった。でも、この関係すら壊れるのが嫌で、出来なかった。 でも奈緒は、こうして告白してきて…。きっと凄く勇気が必要だっただろうな。 「よ、喜んで…こ、こちらこそ……よろ、よろしく」 し、しまったぁ!どもってしまった! 色々動揺して、さらに複雑な心境だった俺は、そんな色気もない、気も利かない、味気ない返事を、しかもどもって返すことしか出来なかった。 それでも奈緒は、泣きそうな顔になるくらい、喜んでくれたけれど。 いつか、いつか俺も、ちゃんとこの気持ちをはっきりと奈緒に伝えよう。 この時俺は、そんな事を心に強く誓った。 こうして俺たちは、ただの腐れ縁の友達から、恋人という関係になったのだった。
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