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第2話 王子発見!
「ひえぇ~!!私、プリンセスなのぉ~!?」
私が衝撃の事実を知ったのは、目覚めてから半日たった後だった。
唯一私を避けないメイド、ルーチェという娘に教えてもらったのだった。
どうやらここは「ユッカ」という国らしく、私はそこを治める四公という四家のうちの一つ、ゲンメ公の一人娘らしい。
名はマルサネ・ゲンメ。
あの狸オヤジがゲンメ公領主。そして私はつまり、公女という立場なんだって。
なんと!悪徳商人の娘じゃなかったのね……。
それにしても、だったらとんだ素行不良のプリンセスじゃない……? 悪役令嬢として婚約破棄とかされる前に、とっとと断罪されてしまうんじゃ……。死刑とか、国外追放とかかなぁ。
よくわからないけど、バッドエンドとやらは嫌だ。
あの狸オヤジがここのトップらしいから、娘が御乱行続きでも無事なのかな?
狸オヤジ、クズ娘のためにめっちゃ金にものを言わせたりして、強引に揉み消してそうだもん。
どちらにしても、そんな奴が領主でここの国、大丈夫なんだろうか……。
そうそう、そういえばさっき、いつまでも部屋に引きこもっててもラチがあかないから、食事を運んできた時にワゴンを押してきた若いメイド達を呼び止めたの。
お嬢様に声をかけられて、ヤバい拷問でもされるのではと震え上がって二人組のうち、一人は真っ青になって逃げようとするから、話を聞いてもらうだけでも大変だったわ。
まぁ、突然深刻な顔で「記憶喪失ゴッコに付き合え」って、ゴツい女主人に詰め寄られたら、ビックリするのは当然よね。
仕方ないから「こちらの言うことを大人しく聞けば、命の保証はしてやる」って悪役然に微笑んで脅してみたのよ。
そしたら座り込んで、すっかり大人しくなって……。
自分でセリフを言ってみてスラスラと口からついて出るし、何だか自然な感じがしたから普段からこんなことばかり言ってるんでしょうねぇ。
二人組のメイドで一人は終始怯えまくったままだったけど、もう一人のルーチェという娘は最初から全く動じた様子はなくて、私のアッサリ記憶喪失ゴッコにつき合ってくれた上に、お願いしたものを調達に行ってくれたわ。
この娘。肝が据わってる……若いのに何だかとっても頼もしい感じなの。
お願いするものを告げたら、
「えっ、お嬢様がご覧になるのですか?」
と呟いて、珍獣を見るような目を私に向けてきたわ。
何をお願いしたかって?
本とか雑誌とか文字での情報系の媒体を頼んでみたのよ。
このお嬢様、本も全く読まないっぽいわ。本当にしょーもない脳ミソ筋肉娘なのね。
私、ベッドサイドに書いてあった「指をはさむな。注意!」という文字が読めたものだから、文字がイケることに気がついたの……。
文字なら怪しまれずに情報収集できるじゃん。我ながらなかなか名案!
だって、まだ半日しかたってないけど、ここの邸の使用人は最低限の返事以外、私とほとんど口をきかないし……直のコミュニケーションよりも文字の方が有効そうなんだもん。
さっき「記憶喪失ごっこ」に無理やり付き合わせためいどのルーチェから聞き出したところによると、このゲンメ邸では間者がしょっちゅう忍び込むし、人に言えない主人の密談も多いんだってさ。
だから主人のゲンメ公の方針で、使用人は「見ざる聞かざる言わざる」をモットーに、余分な言葉は発しないし、出勤すると必ず上役にこれを三唱させられてから仕事を始めるそうな。
イヤな勤め先だな~。私なら絶対辞める。
でもまぁ、ルーチェによると口止め料もコミコミになっていて、それなりにお給金だけは相場よりかなり良いから慣れたら辞められないらしい。
まぁ、お嬢様がこんなゲスい娘になったのも、ここのこんな環境のせいもあるんじゃないのかと思ってしまう。
とまぁ、そういうことで。
とりあえずルーチェが持ってきてくれた雑誌を読んでみよう。
図書館的なところから借りてくるのか?と私は勝手に予想して、時間がかかると思ったんだけど。
紙袋片手にルーチェは目的物を持ってすぐに戻ってきたの。しっかり領収書を握りしめて。
あまりの早さに何処へ行ったのか尋ねたところ、ゲンメ邸を出て東の角にあるチェーン雑貨店(コンビニみたいなところ?)で調達してきたとのこと。
悪役令嬢の世界ってもっと中世ヨーロッパ然としてるかと思ってたけど、意外にこの世界の文化水準は私の元の世界とそれほど変わらないのかな?
ルーチェが「ノーザンストア」と印された毒々しい紫色の紙袋の店で購入してきたのは、「ユッカの歩き方」という観光客向けのガイドブックと「ユッカ ナウ」という週刊誌っぽい二冊。
……まず、私は「ユッカの歩き方」から読んでみることにした。
「ようこそ、交易都市国家ユッカへ。
ここは、コンラッド大陸の流通の中心地です。
ありとあらゆる世界中の珍しい品物が集まってくる地です。きっと、あなたの望むものを見つけ出すことができるでしょう」
なるほど、ここは交易国なのね。だから、狸オヤジは桔◯屋ぽい領主なのか……。
「海外からのお客様がまず、最初にしていただくことはユッカ本島の玄関港トレントンでの入国手続きです。
ユッカ本島はエスト諸島の東側にあり、エスト公が治めていますが、議事堂やユッカの大公が住まう大公宮もあり、この国の政治の中枢地です。
トレントンからエスト城下町までバザールが広がり、ショッピングのメッカとしてその規模は世界中に轟いています。
また一方、ユッカ本島は海上のエメラルドと呼ばれるほど風光明媚な美しい観光都市でもあります。初日に宿をとるなら、エスト城下町がオススメです」
フムフム。なかなか良いじゃない。ハ◯イみたいでなんだか行ってみたくなるわ~。
「ユッカ本島後のコースとしては、エストの西のカルゾ公領で名物の海鮮料理や豊かな穀倉地帯から収穫される特産小麦で精製された特製麺を味わうグルメ旅がオススメです。
グルメを堪能した後はゆっくりスパやエステはいかがでしょうか。南のイスキア領は入りくんだ水路が特徴の水上都市が広がり、小舟での遺跡巡りは格別です。イスキア火山からの地熱で程よい温度と薬効高い温泉地もあり、あなたの疲れを癒してくれるでしょう」
ナイス!特製麺食べたいわぁ…。温泉地でエステとか最高じゃん。行こう、ユッカ巡り。
すっかりガイドブックに踊らされる40代主婦の私。癒しって言葉に弱いのよね。
さて、続き続き、と。
「北のゲンメ領は険しい岩山の絶壁に囲まれ、交通の便は非常に悪く、商業ギルドが本拠地を置いている関係で警護の傭兵も多いので、治安も不安定であえて観光はオススメいたしません。領地内には資源や在庫を保管する倉庫が多く、気候も厳しいのでゲンメ領はビジネスやカジノで訪れる場合を除き、観光客が訪れるべき場所ではないでしょう」
……何かウチの領土だけ、観光誘致から外れてる?
オススメしませんって、ガイドブックにはなかなかない文言よね?普通はカジノがあれば、立派にラス◯ガスみたいに客が呼べると思うけど。
このガイドブック、北の説明でテンション下がってるような気がする。多分だけど、この編集者、狸オヤジに何かされたんじゃないかな。気の毒に。
「それぞれの領内で関税や通行料が異なるので注意が必要です。また、四公会議の際には警備の関係で港が封鎖されるので出国時は会議ニュースで日程をチェックしましょう」
ふむふむ。四公会議って?
あ、ちゃんと注釈ついてるわ。優秀なガイドブックね~。
※ユッカの大公は基本的には四公が持ち回りで就任する。円卓で行われるユッカ議会で最終的に大公を決定し、選ばれた大公が議長を兼ねる。現在はエスト公が大公位をつとめている。
ユッカの定例議会とは別に緊急時に大公が四公を召集する会議を四公会議と言う。
なるほど~。あの狸オヤジも呼ばれちゃうのね。そんな偉いさんには見えなかったけど。
大体の国内状況はこれで把握したわ。
さて、二冊目「ユッカ ナウ」いくわよ。
真面目な目次から始まるガイドブックの「ユッカの歩き方」とは違い、「ユッカ ナウ」は見開きから派手なブランド広告が満載だった。
あ、このアディジェってブランドのアクセサリーとか服、可愛いじゃない♪
アルルっていうモデルもめっちゃ、ちょっと前の透明感のある清楚なアイドルみたいで超かわいい~。
……はっ!!
思わず広告に見いってしまってた。
しっかり情報収集しなきゃ。
気合いを入れ直して、特集のページをめくってみた。
「……!」
わぁ、王子様だぁ!
「ヴィンセント様の本日の装い」
カラーページでパパラッチした風の特集が巻頭から組まれていた。
流れるような緩いウェーブのかかった輝く金髪。濃い睫毛に縁取られた碧い海のような瞳。細いけれど絶妙に筋肉がついている綺麗な長い手足。一見、冷たくも感じる整いすぎた目鼻立ち。無表情過ぎるのがまた萌えるポイント……。
先代カルゾ公の一人息子、通称「金の公子」を私はワイドショーの芸能ニュースを鑑賞する主婦のようにうっとりと眺めたのだった。
あっ、涎……。
もう一冊、ルーチェに頼んで買ってきてもらって、切り抜きスクラップしようか本気で悩んでしまった。
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