でろん妓

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 半月後。  私の住処は少しも温まることはなかった。  ソレは、ただ静かに片隅に居た。そして私を温め続けた、いや、温め続けていたようだった。  静かに、声を上げることなく。  あまりの静けさに、時おり存在を忘れることすらあった。  しかしソレはひたすら、私の為に働き続けた。私の凍えた心を少しでも温めようと。 「その割では、ないですね」  ある日妻がそう云った。心なしか、目の端に笑いを含んでいた。 「ソレは本当に、動いているのですか」 「静かに働くからこそ、価値があるのだ」  珍しく私は声を荒げる。コイツのことを悪しざまに云うのは、例え妻であれ許せない。  それにコレにはかなり、貢いだのだ。その後の大きな快楽を見越してのことではあるが。 「本当に」  妻の声は、認めたくなかったが勝ち誇っているようでもあった。 「本当にソレが役に立っているとお考えなのですか」 「俺は十分暖かく感じている」 「でしょうか」  腕の鳥肌を見られたのだろうか、私は敢えて半袖でいた二の腕をかるく覆ってあちらを向く。 「しかしさすがに今日は寒いな、ココアでも飲むか?」 「結構です、貴方は寒いのですか。ソレに温めて貰えばよろしいのでは?」  私はそっとソレの近くに寄った。休んでいるのだとばかり思い、脇に手をやるとソレはほんのりと熱をもって私を迎え入れた。  ずっと私のために働いていたらしい。何時から動いていたのか、あまりにもひっそりとしていたため、働いていたのすら私は気づかなかったのだ。 「いや、既にもう精一杯温めてくれていたようだし……そう言えば部屋が何とはなしに暖かいな」 「何とはなし、ですわね」  妻はうっすらと笑った。完全に勝者の笑みであった。  1と月半後、請求書を見て私は驚愕した。  ソレは私のあずかり知らない所で、飽くなき散財の限りを尽くしていた。 「電気代が……」 「2倍以上ですわね」脇から、すっと妻の白い腕が伸びて領収書を取り上げた。 「貴方、アレを家に入れてからずっと点けっ放しでしたわね」 「……そんなことはない、そこまで入れ込んでいないぞ。たまには休ませていたぞ」 「貴方ともあろうお方が」 「いつも使っていた訳では」 「音もしませんからね、お気づきにならなかったのかも」  妻はまっすぐ私の顔を見る。 「そろそろ負けを認めて下さってもよいのでは?」 「……」  私は知っていた。彼女が自室で、以前のヤツとよろしくやっていたのを。  私がずっと、「ヤツは危ないから自室に入れるのは止めろ」と強く云っていたソイツを、密かに自室に招き入れて身も心も熱く過ごしていたのを。  彼女を責めることは私にはできない。私は彼女の部屋をそっと覗く。  熱せられた乾いた空気の中、彼女ははしたないほどの薄着で、すっかりくつろいだ姿でテレビの前に居座っていた、ソイツを足もとに従えて。  私は居間に戻る。ソレはまだしんと静まり返ったまま、しかし目いっぱいの電気代を喰いながら働いていた……私のために、私の温かき平穏のために。  その割に、広い部屋はひんやりと冷たい空気に満ちていた。
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