目覚めるまでのうた

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――どれくらい、歩いただろう。 暗くて、冷たくて、寂しい場所。 今まで何をしていたのだろう。自分は何だったのだろう。ついさっきまで誰かと一緒にいた気がする。誰と、喋っていたんだっけ。 ……思い出せない。思い出せなくてもいいや、それはきっともう不要になったのだ。ふとそんな気がした。 ひどく嫌な夢を見た。この身体、この脳は確かに関わった人間の記憶を有しているというのに、夢の中のわたしは何一つ思い出せないままどこかを彷徨っている。海の底、洞窟の中、いずれとも違うような、でもそれくらい孤独で真っ暗な場所だった。無、というのが正しいのだろうか。何もかも失ってしまったかのような場所なのに何故か懐かしい。 ここ数日ずっと同じ夢を見ている。 大地とも空とも判らない真っ黒な場所を、ひたすら、ひたすら、歩いている。 朝7時10分前。朝の日課を終えて登校をする時間に、隣のクラスの風間が追いかけてきて声をかけた。 「なあ、莠里最近調子悪いの?」 「どこが。行き先も無事決まったというのに」 「いいよなあ……いやそれはそれ、これはこれだけど!」 ……騒がしいが、優しい人間だ。 わたしは高校を卒業したら欧州へ旅立つことが決まっている。魔術使いが魔術のない国にいてもしかたがないでしょう、というのが推薦してくれたもう1人の魔術使いの王生の言い分だ。彼女も一緒に旅立つ予定になったから、騒がしいのは相違ないのだろうが、このまま日本で進学をする風間とはしばらくお別れになる。 「そうじゃなくてさ、なんだろう……元気がない……違うな、難しいな……」 「元気がない?」 言い表せないけど活動的な何かがない、と彼は言った。なるほど、直感力があるのだろう。的を射ているかもしれない。 「とにかく、よく休んでくれよな」 実際夢を見始めてから感覚が変わってしまった。妙な心地だ。それが他人から見れば元気がなく見えるのなら気をつけなければならない。 「もちろんだとも」 「莠里」 帰り道。風間ではない、聴きなれない声にわたしはひどく驚いてばねのように勢いよく振り返った。 「わたしに気が付かないなんて、よほど進んでしまったのね」 金髪の少女がまっすぐにこちらを見ていた。 「きっと戻れない。あなたがたどり着こうとしている境地はそういうものだから」 どれくらい歩いただろう。 ただ歩き続け、歩き続け、もう壊れてしまいそうだった。 誰とも出会わなかった。誰も見えなかった。誰も見なかった。暗くて黒くて静かだった。 突然暗闇から声がした 「なあ、**」 なんだ、おまえは わたしはおまえを知らない 「体も失くして、声もなくして、ずっと一人で歩くのか?」 誰だ どうして声をかけた 「**!」
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