Ⅲ 悪魔の契約書

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「――これで事件も解決ですな。我々の出る幕はなまるでありませんでしたが……」  傾いた西日のオレンジ色が、立ち並ぶ円柱の隙間から射し込む長い回廊を正門の方へ向かいながら、となりを歩くハーソンにアウグストが呟く。  その後、ハーソン達も参考人として魔女裁判に出席するため、今後のことをグランシア院長と相談し合い、それから今回の労いにささやかながらもパンとスープの遅い昼食をご馳走になった二人は、とりあえず今日のところは帰途につくこととなった。 「いいや。我々の出番はこれからだ。アウグスト、君はエルマーナ・メデイアが本当に〝悪魔憑き〟の犯人だと思うかね?」  だが、予想外にもあっさりと犯人が判明し、なんとなく消化不良気味のアウグストにハーソンはそんな言葉を返す。 「ええっ!? で、ですが、先程は後のことをグランシア院長に託すと……」 「あれは方便さ。本当の敵(・・・・)を油断させるためのな」  驚いてハーソンの方を振り向き、思わず目を丸くするアウグストに、ハーソンはまるで悪びれる風もなく、さらっと言って退ける。 「し、しかし、あの悪魔との契約書は……それに、毎度、悪魔憑きの第一発見者だったというのも怪しいですし……」 「なあに、あんなものは誰にでも偽装できる。血文字も鶏か何かの血を使ったんだろう。そんな決定的証拠となるようなものを、利発な彼女がすぐ見つかるようなベッドの下なんかに隠していたというのも疑問だ。それにそもそも、悪魔と契約するのに契約書など必要ない。口約束だけですむ話だ」  すっかりハーソンも納得しているものと思い込んでいたアウグストは、呆気にとられて反論を口にするが、それも彼はバッサリと切り捨ててしまう。 「そ、それでは団長は、エルマーナ・メデイアが魔女ではないとお考えで?」 「魔女(・・)か……まあ、それはある意味、真実かもしれんがね……だが、悪魔を操っている犯人は別にいる。昨日、話を聞いた時の感じからしても、彼女が悪魔憑きと関係しているようには思えなかった。エルマーナ・メデイアは、文字通り犠牲(スケープ・ゴート)にされたのさ」  さらにアウグストが焦りを覚えつつ、その考えを確かめようとおそるおそる尋ねると、ハーソンはますます彼を混乱させるような意味深長なことを言って、不敵な笑みをその口元に浮かべるのだった。
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