Ⅲ 悪魔の契約書

7/7
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
「毎度、偶然にも第一発見者になったことで白羽の矢が立ったんだろう。彼女の天性の勘の良さが災いしたな。まずは、我々独自でもう一度調べてみる必要がありそうだ……ん?」  そして、なにやら強い意志をその碧の瞳に映し、そう口にした時だった。 「……フフフフ~ン♪ あの方から頂いた美しいこの薔薇……スー……ああ、なんて素晴らしい香りなのかしら。あの方のためだったら、わたくし、地獄に堕ちたってかまいませんわ……」  前方より、一輪の赤い薔薇を大事そうに両手で握り、鼻歌混じりにスキップしてくる上機嫌なベルティと鉢合わせした。  先刻見た、生真面目で厳格そうな監察係の彼女とはまるで別人のような雰囲気だ。 「……ハッ! こ、コホン……こ、これはドン・ハーソンとドン・アウグスト、もうお帰りですの? 今回は預言皇庁直々のご任務、どうもご苦労さまでした」  意外な彼女の姿に多少の驚きを持って二人が見つめていると、彼らに気づいたベルティはひどく慌てた様子で、一つ咳払いをすると先刻と同じツンとした態度を取り戻す。 「ああ、これはどうも。いたみいります……なんとも綺麗な薔薇ですね。ここの庭に咲いているものですか?」  なにやら見てはいけないものを目撃してしまったようなので、そのことにはあえて触れず、誤魔化す彼女に合わせて労いの言葉に謝意を示すと、ハーソンは薔薇の方へ話題を持ってゆく。 「ええ、もちろんこの修道院の庭のものですわ。でも、これは他のものとは少し違う特別なものでしてよ……スー……ああ、なんと甘美な……ハッ! そ、それではお二人とも、ごきげんよう……」  すると、ベルティは自慢げに胸を張ってそう答え、再び薔薇の香りを嗅んで思わず恍惚の表情を浮かべると、直後、そんな自分に気づいてまたも慌ててはぐらかし、逃げるように挨拶をしてその場を去ってゆく。 「……薔薇がそんなに好きなんですかね?」 「さあな……特別な、真っ赤な薔薇か……」  そのまま速足で静々と遠退いてゆくも、途中からまたも思わずスキップを踏んでしまっている彼女の後姿を見つめ、アウグストとハーソンは怪訝な顔で小首を傾げた――。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!