Ⅰ 異端審判の騎士

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 じつは、伝統的に名家の出の者だけが代々団長に就任していたところ、武勲だけでのし上がった田舎騎士のハーソンを聖騎士(パラディン)に叙し、大抜擢した理由もそこにある。  貴族の子弟の箔付け名誉団体になりさがっていたものを、彼の手で立て直してもらうためだ。  昨今はアスラーマ教徒の脅威だけでなく、預言皇を頂点とするレジティマム(正統派)に対して、開祖・はじまりの預言者イェホシア・ガリールの教えに立ち返ろうというビーブリスト(聖典派)が各地で反旗を翻し、いよいよプロフェシア教会を二分する宗教戦争の体をなし始めているので、現預言皇レオポルドゥス10世としては、そのビーブリスト対策のために一役買ってもらおうという腹積もりなのである。  もっとも、その有名無実化した騎士団の改革には、理論的で実力主義を重んじるハーソン自身、意外と乗り気であったりもするのだが……。  ともかくも、そんなこんなで新たな実力ある騎士団の人材を求めて帝国内を旅していたハーソン達に、ついでとばかりに今回の〝悪魔憑き事件〟の調査命令が下されたというわけだ。 「だが、今回の任務、教会側から出たというよりは、おそらく貴族達の差し金だろう。騎士団の改革で、自分の無能な息子達が入団できなくなったことへの嫌がらせだ」 「私も薄々そうではないかと……この厄介な任務、失敗すれば我らの大失態。仮に解決できたとしても羊角騎士団として当然の責務を果たしたにすぎないということですな」  ドロドロとした貴族社会の裏事情をさらっと口にするハーソンに、アウグストもますます眉根を寄せて迷惑そうな顔を作って同意する。 「新団長の力試しのためとかなんとかぬかしてねじ込んだんだろう。教会側としても、身内のスキャンダルを内々に解決できれば御の字。割を食うのは我らばかりだ」 「そういう話ならば、当の預言皇も反対するどころか、むしろご賛成なされるでしょうからな。まったく、高貴なる人々というのはどこまでも食えない連中です……あ、見えてきました。あれがその修道院ですな」  そんな不平不満を吐露しながら馬を進めていると、前方に広がる草原の真ん中に、淡い灰色をした石造りの大きな建物が見えてくる……かのジャルダン女子修道院だ。 「長い歴史と由緒ある女子修道院か……聞くところによれば、どうやら気の迷い(・・・・)の類という話ではないらしい……鬼が出るか蛇が出るか、騎士道物語の冒険よろしく、いざ、古城ならぬ〝女の園〟へ突入だ」 「女の園……あ、そういえば、男子禁制の女子修道院に我々は入れるんでしょうか?」  その忘れ去られた(いにしえ)の城のような外観に、じつは歴史や遺跡好きのハーソンが興味を覚えて冗談を口にする中、対して生真面目なアウグストはそんな心配を今さらながらにしつつ、好対照な二人はその目的地へとさらに馬を歩かせた。
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