Ⅲ 悪魔の契約書

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Ⅲ 悪魔の契約書

 その後、さすがに女子修道院内に泊まるわけにもいかないので、近隣の村に一夜の宿を求めたハーソンとアウグストは、日が昇ると再びジャルダン女子修道院へ戻って来た。  だが、一夜明けて戻ってみると、昨日の今日だというのに院内の空気は一変していた……。 「――メデイアよ。やっぱりあの子が魔女だったのよ……」 「毎回、あの子ばかり悪魔憑きに気づくなんておかしいしね……」 「ここら辺の人間じゃないし、ずっと怪しいと思ってたのよ。きっと悪魔崇拝者の村の出身に違いないわ……」  そんなひそひそと小声で話す悪意ある囁きが、修道院内のあちこちから聞こえて来ている。  皆、本人に面と向かって言うのではなく、円柱の影などに隠れては表向き(・・・)本人には聞こえないような体を装って、その実、遠慮もなしに陰口を叩くという女の園独特の陰湿さだ。  無論、当のメデイア本人も気づかぬわけがないと思うのだが、どのような心境でいるものか? 彼女は素知らぬフリをして、いつもと変わらぬ様子で神に仕える日常を今日も送っている。  ……いや。もともとが、あえて話しかけなければ寡黙で静かな性格ゆえに、普段と大差ないように見えるだけなのかもしれない。 「懸念していた事態が起こってしまったな……」  その様子を傍から見て、ハーソンは溜息まじりにそう呟く。  この修道院内のように皆が疑心暗鬼に陥り、なおかつ容疑者を特定できるような確たる証もない中において、犯人捜しをし始めると社会的マイノリティが標的にされてしまうことが往々にして見られる。  今のメデイアが、まさにその〝標的〟だ。  人は、悪魔や魔女のような危険な存在よりも、その原因がなんなのかさえわからない、正体不明のものに対してより恐怖心を覚える……何もすがるものがなく、どう対処していいかもわからない、まるで根無し草のような宙ぶらりんの状態が不安で不安で堪らないのだ。  ゆえに、人間はなんでもいいから犯人をでっち上げて心の平安を得ようとし、そして、その犯人には自分達と異なる性質の者、異分子が生贄として選ばれるのである。  これまでに行われてきた幾多の魔女裁判においても、少なからずそうした社会構造によるものがあったように、ハーソンは思う。  その、集団の自己防衛的な無意識の悪意により、幾多の罪なき命が残忍に奪われてきたことだろうか?
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